今年の桜

私鉄の駅から家までは、大通りの途中で斜めに入って、小川沿いの道を歩く。そこには見事な枝ぶりの桜の木が数本植わっていて、季節には、歩く人の頭上にピンク色のアーチがいくつもできる。風が吹けば、花吹雪が降り注ぐ。

何度でも往復したいような気持ちになるんだけど、このあたりでも割と早くから咲き始めた木だったので、その分、葉が見え始めるのも早い。仕事の行き帰りに毎日その道を通る夫は焦ったらしく、しきりに「花見に行こう、行こう」と言い出した。

もとより家族3人のささやかなお花見を自粛する必要など感じないけど、なんせ乳飲み子がいるから、わざわざ車を出してまで人ごみの名所に行くのも億劫だ。二の足を踏んでいると、ある土曜日、息子とふたりでの朝の散歩(歩いているのは夫ひとりだけどね)から帰ってきた夫が「近場に、いい穴場を見つけた」と言う。

連れて行かれたのは、家から7,8分ほど丘をのぼった住宅地の中にある緑地だった。小さな公園ほどの面積はあるのだが、動物の置き物(?)が2匹と、ベンチが置かれているだけで、ひと気を感じたことのない、淋しげな場所だと思っていた。でも、実は中央に2本の桜があったのだ。毎年まいとし思うのだけれど、桜の木だと全然認識してないんだよね、咲いていない350日間は。

満開の花を家族で独占し、家でお昼をすませた息子はベビーカーで待たせて、お弁当を食べた。「弁当もってく?」と聞かれたので、その辺のスーパーででも買っていくのだろうと頷いたところ、おもむろに冷凍庫から鶏もも肉を取り出す男がひとり。というわけで、夫の作った弁当で花見としゃれこんだ私である。おにぎり、卵焼き、鶏肉のグリル、ミニトマト、麦茶。

食べ終わって、しだれた枝に向かって夫が息子を抱き上げると、さっそく花びらをむしり、しげしげと眺めたあと、ぱくり。「わ、食べた!」「出して出して」と騒いでいるところに、別の母子がやはりランチバッグらしきものをもってやってきた。さあ、お次をどうぞ。少し遠回りして帰る住宅街には、ほかにもそこここで桜が咲いていた。


みどり児が 食らう今年の 桜かな