『海からの贈物』アン・モロウ・リンドバーグ 吉田健一 訳

海からの贈物 (新潮文庫)

海からの贈物 (新潮文庫)

子どもを産んだ私に、本好きの友人が贈ってくれた本。そのタイミングと、このタイトルから、てっきり『かけがえのない、スバラシイ命』みたいなのを謳いあげた泣ける感動物語なんだろうなと勝手に想像して、やだなぁめっきり涙腺弱くなってるからな、なんて思いながら読み始めたら、全然違った。凛とした、背筋の伸びるような本だった。

「シンプルに生きよう」
「ひとりの時間を持ちましょう」
「時とともに変わりゆくものを受け容れましょう」

そんなふうに乱暴にまとめることも、できなくはない。そして、そういうメッセージを発している本は、世の中にいくらでもある。古今東西、雨後のたけのこのように次々と出版され続ける、きっと。

そんな中で50年も読み継がれているのには、やっぱり理由があるわけで、私もこの本の魅力に打たれてしまった。

ほら貝、日の出貝、牡蠣。引き潮、星空、木麻黄。美しい自然の描写は、離島の海辺のイメージを豊かに思い描かせ、そこになぞらえる人の人生に、不思議と、確かな説得力を与える。

迷ったり疲れたり弱ったりしている人に向けた本というのは、ややもすれば、妙に押しつけがましかったり、ポジティブ一辺倒だったり、ひたすら慰撫されたり、なんか宗教的だったりで苦手なものも多いんだけれど、この本には、そういう“あやしさ”がない。フェミニズムともちょっと違う。哲学的であり、社会学的であり、なおかつ文学的でもある。や、そのへんの学術的な定義とかはわからないんですが。

セラピー本というには、文章がとても良く(いかにも美しい英文和訳といった訳文も好き)、本としてあまりにもきちんとした読みごたえがある。本を読む喜びにみたされながら、読むうちに、私は静かな浜辺で思索にふける作者に同化してゆく。最後には、出産以来、どうも気弱になっていた心の部分がだいぶ補強された気がした。面白かったな、いい本を読めたな、という満足と同時に、今このときにこういう本を贈ってくれる友だちがいるってことに幸福を感じる。