古湯温泉の霊験

●5月5日(水)
鉄剤を飲まされるほど立派な貧血妊婦と化している私、自覚症状もちゃんとあるのだが、その軽重は日によってだいぶ違う。午前中、片道1.5キロの距離の図書館まで歩いて行っただけで、この日はふらふら。

そこで療養に・・・というわけでもないのだが、一泊で温泉に行く。当初はこんなにお腹が大きくなる前、そしてこんなに暑くなる前の3月ごろに予定していた温泉旅行だが、急に引越しを決めた関係でこの時期までずれこんだ。まだまだ体力に余裕のあったあの頃ならば、滞在先でももっとアクティブに動けただろうが、温泉に癒されたい気分は今のほうがずっと大きい。結果オーライってやつですよ。

行き先も、そもそもは黒川を考えていたのだけれど、なんせもう妊娠9ヶ月目に突入なので、近場の古湯温泉にした。14時半ごろ出発し、早良区から三瀬峠を越えて1時間20分ほどで旅館着。部屋に案内してお茶を淹れてくれた仲居のおばちゃん、私のお腹を見て「おめでたですか?」という話かけから始まり、

「うちの旅館は3代連続で男の子ばーっかり生まれとるんですよ。今の主人の子どもも二人とも男。その息子たちの子どもも今んとこふたりとも男。アルカリ性の温泉やけんですね〜。男の子が欲しい人は、しょっちゅう古湯に来ないかんですよ」

とまさかの産み分け方法を伝授してくれたあげく、「やけん、いつも私らは言いよるとです。雅子さんも古湯に来んしゃったらいいのにって」と、無邪気に人の家のことをあけすけに心配までしていた。。。

そんな古湯温泉には、1年半ほど前にも夫と来たことがある。(娘心にブルースを : moonshine---the other side)そのときは日帰りだったが、とても印象が良かったのだ。湯布院や別府は伝統ある温泉街、という感じだし、黒川ならこじんまりしつつもモダンで瀟洒な雰囲気だが、この古湯はいかにも鄙びた里、という風情。

泉質は「ぬる湯」と呼ばれていて、透明でにおいはなく、ぬめりのある肌ざわり、そして温度が低い。36−8度くらいで、これはちょうど胎内の赤ちゃんがいる環境と同じくらいなのだそうだ。冷たすぎず熱すぎず、確かにこれなら気持ちよく何時間でも何日でも浸かっていられるなーという感じ。生まれる前に、人は誰しも最高の“ぬるま湯”に浸かっているというわけね。

貸切の家族風呂は半露天のような作りで、広い日本庭園を臨みながらぬる湯を楽しむようになっている「夕鶴の湯」という美しい名の岩風呂だったが、私たちは「蛙の湯」という別名をつけた。庭は何十年もかけて作り上げられてきたものらしく、池には親子の鯉が泳ぎ、緑はいっそ「鬱蒼と」と表現できるくらいに繁っており、そのせいもあってか、蛙の鳴き声がすごい。1匹や2匹なんてもんじゃないし、声の大きさからいってもアマガエルみたいにかわいいもんじゃなかろう。ひとめ、その姿を拝みたい気もしたが、見ることはかなわず。嫌いな人にはつらいだろうけど、この鳴き声、たいそう趣がありました(=いとをかし)。

さて、お楽しみの晩御飯。供されたものを列挙してみると、突き出し、お刺身などの前菜、野菜(古湯で絶賛売り出し中の“プッチー菜”含む)とロースとビーフのサラダ、ぜんまいと筍の煮しめ、冷たいこんにゃく、鯉の洗い、佐賀牛と野菜の陶板焼き、海老と野菜の天ぷら、鮎の塩焼き、茶碗蒸し、海老そば、ごはん、みそ汁、漬物、お団子、フルーツ。

わたくしも三十路を過ぎまして、結構いろいろと美食を貪ってきたほうですが、こちらのお料理はかーなーりー美味だと思いました! 北海道の登別温泉でここの3倍くらいのお値段がする旅館に泊まったことがあるんですが、そこよりもおいしいと確信するものであります(まあそこは料理以外に金がかかってたけど)。信じられんくらいの量だったけどすべて食べてしまいました! 

苦しいほどの満腹感でトドのように布団にころがってしばし過ごし、大浴場でお風呂に浸かって、11時ごろには就寝・・・。

●5月6日(木)
はりきって7時に起きて朝湯へ。こちらの宿の大浴場には、2種類の浴槽(槽?)が用意されている。ひとつは、まさに「ぬる湯」で36,7度、しかも足元は全面、砂。もうひとつは、ぬる湯を42度くらいにあたためたもの。交互に入ることで新陳代謝が高まるとのこと、試してみると、実際ほんとうに気持ちいい。

アララギ派歌人斉藤茂吉スペイン風邪を患った折に湯治のため逗留したことで有名(ていうか、それがこの小さな温泉郷の喧伝材料なのだ)な古湯温泉だが、この旅館はそのずっと前からの老舗らしく、大浴場の中に『謹告』として恭しくその歴史が掲げてあり、いわく、2千年の昔、始皇帝の命で不老不死の霊薬を探す旅路で徐福が発見した砂湯である・・・というのはもちろん作られすぎた伝説にしろ、日清・日露・大東亜(と表現されていた)戦争の際に陸軍病院の保養所として使われていた、というのには、ほぉーという感じがあった。

朝も部屋食で、豊富な品数にごはんのおかわりを繰り返しながら舌鼓を打っていると、女将さん登場。チェックアウト時にはご主人がコーヒーを淹れてくれた。どちらも、異口同音に「アルカリ性温泉につき旅館には男児ばかり生まれ続けるの巻」の話。ロビーに貼り巡らされている大判の写真を眺めていると、女将さん、
「これ良かったらどうぞ〜。温泉カステラですから。私、これからちょっと郵便局まで行ってきますんで。」
と、カステラをものすごく普通のパックとビニル袋に入れてくれた。せりふの後半は必要だったのか・・・?

「なんか面白い旅館だったな」と言いながら出発。主人−女将夫婦の子どもふたり(もちろん男)はちょうど私たちと同じくらいの年頃らしく、その奥さんたちの和装姿の写真もロビーに貼ってあったのだが(なぜ貼ってあるのかも軽く謎。旅館のお手伝いをしているわけでもなさそうなのに・・・笑)、これがもう、ふたりとも、信じられないくらいの美人だったし! 全体的にしつらえは昭和のままなんだけど、清潔だったし、お湯はいいし、ごはんがあれほど美味しくてあの値段というのはなかなかお値打ちだったと思う。

で、ここからが職業柄というか、私たちのいやらしいところだったのだが、「あそこはどれくらい儲かってると思う?」という話に。以下、分析。

  • いろんなプランがあるが、宿泊客についてはひとり一泊15,000円で計算する
  • 部屋数は10室+離れ。
  • GW中は満室続きだったらしい(仲居さん、女将さんの証言による)
  • しかしふつうの週末は稼働率50%くらいではなかろうか
  • 平日は宿泊というより昼食付き休憩プラン、立ち寄り湯中心であろう

「うーん・・・月の売上、6−70万てとこかのう」
「それ厳しくない?」
「あの見事な料理の原価がいくらかって話やね。そこの見当が全然つかない」
地産地消を謳ってるしけっこう安いんじゃないか」
「ていうか、結局、土地建物はどう考えても相当昔から自分たちのものだろうから負債もたいしてなかろうし、GW以外とかは家族(+板前)だけでやってそうだから人件費もたかがしれてるし、現金商売だし、金がまわり続ければなければどうにでもなるって話」
「むしろ利益が出すぎるほうが困るだろう」
償却費が乏しくなるたびに、ちょこちょこ改修して税金対策してんだろう」

某ショッピングモールに寄って帰る。この中の花屋で私の姉が働いており、花屋といえば今がいちねんで一番の稼ぎどきってわけで、休みもなく、深夜残業の連続という激務に追われているらしい(お姉ちゃん、確かパートだけど・・・・)。店に出ているお姉ちゃんは見た目そこまでやつれているわけでもなく元気そうだった。義母に母の日のアレンジメントの発送を頼んでおいたのでお金を払う。ソファのオットマン・スツール、雨傘、無印良品であれこれなど買い物して帰宅。

帰路で会社の人からメールが入る。会社にとって喜ばしくないニュースだった。あああーついに来たか、このGW明けに、という感じ。