『4ヶ月、3週と2日』

ここ(2010-01-21 - moonshineルーマニアチャウシェスク政権)で書いた映画、以外にも近所のレンタル店にDVDがあったのでさっそく見た。わかっちゃいたが、胎教にはかなり悪い種類の映画といえました。しかし妙な充実感。

チャウシェスク政権末期の1981年ルーマニア、大学のルームメイトの堕胎手術を手伝う主人公。とはいっても、映画は、その社会状況を言語化してナレーションはしない。わずかに、映画が始まって30分以上は経ってからだろう、堕胎手術が10年もの実刑を伴う有罪であることを登場人物が喋るシーンがあるのみ。なぜ堕胎手術が禁止されているかということについても説明はない。

ただ、直接的な言葉にはしなくとも、圧倒的な“そのころの、本物のルーマニア感”がある。ある、なんて断言してるけど、私が本物のルーマニアを知ってるわけじゃない。ただ、細部にわたるそのリアリティは、歴史的背景や当時の社会情勢を特に知らずに見たって、「この社会はどこか異常だ」というのをひしひしと感じさせるものだ。

といって、ことさらに社会派ぶった映画じゃない。むしろ、主人公のとても個人的な、特別な1日を描いた映画のようにも見えるし、それが、この時代に青春を過ごしたルーマニア人である監督の狙いでもあるんだろう。

共産主義、独裁者の君臨する世の中にあるからといって、市民はいちがいに不幸だというわけじゃない。恋人はいるし、堕胎も結婚もできないのにセックスはするし、パーティーではのべつまくなしにおしゃべりをするし、酒も飲む。登場人物も優柔不断だったりやたら自己主張したりと、決して没個性でもない。きっとこの人たちは、仮に別の時代の別の社会にいたって、ケンカになったりドジ踏んだり分かり合えなかったりするんだろう。

でも、やっぱりこの時代、この社会だからこうなってるって部分、社会が人の生活や行動に影響を及ぼす部分ってのは確かにある。この時代のルーマニアに限らず。そして、どんな社会で、どんな環境にあるからって、生きていかなきゃいけない。

執拗に長回しを繰り返すカット、ぶれるカメラ、散りばめられた小道具たち、殺伐とした会話。いくつかのショッキングなシーン。主人公の苛立ちや緊張、切実さが、重苦しい画面から息苦しいほど伝わってくる。そして、見終わったあとには、何を責めればいいのか、周囲の人々か社会か、いったいこの1日はなんだったのか、意外と淡々と日常は続いていくのか・・・なんともいえない気持ちになる。

それはきっと、主人公とほとんど完全に同化した状態なんじゃないかと思われ、ここまでの気持ちにさせるこの映画のすさまじさに身震いした。愉快なシーンなんてひとつもないくらいなのに、意外と見終わったあと落ち込まないのも不思議なすごさ。青春映画としても秀逸に成り立ってるんだよね。