鷺沢萠さんのこと、知ってますか? 覚えてますか?

さて、こないだ、ふと昔の日記をしばらく読み返していた。びっくりしたのは、2004年の冬に、ひとり暮らしの晩酌でハイボールをたしなんでいたこと! すっかり忘れてたよそんなこと。どんな時代の先取りだ。っていうか、その時点では、どんだけ時代から遅れてる人なんだ。ハイボールって確か、1980年前後に、いったん流行ったんだったよね?

まあそれはいいとして、思い出して、ずんとした気分になったのは、鷺沢さんのことだ。鷺沢萠(さぎさわ めぐむ)。大好きな作家だった。2004年の春に亡くなった。自死だった。それを知った日には当然ながら、動揺しきった日記を書いているが、それからもたびたび、彼女について自分の日記で触れた記憶がある。

それからずっと経って、2007年の冬にあらためて書いた日記を読んで、少し浮上した。自分の気持ちについて書いたことを自分で読み返したからに過ぎないからだろうが、なんだかちゃんと思いのたけを書けてる気がする。そして、これを書いたとき、自分の中で、ひとつの区切りがついたな、て感じたことも思い出した。

この先、また自分で読み返すために、ここにもリンクを貼って、一部を引いておく。
あの人のこと : moonshine---the other side

自分を励ましてくれたものを書き続けた人がそういう最期を遂げたのは、「好きな作家が死んだ」という端的な言葉ではあらわせないくらいにショックだった。彼女の書く文章は、弱い者に対する優しさと、同情を拒む生きる強さにあふれていたのだ。それでも彼女は死んでしまった。

陳腐な言い方だけど、「希望を打ち砕かれた」気がした。自ら死を選んだ彼女を、弱いとかバカだとかいって責めるつもりはない。遺された作品は、彼女が不器用で遠回りしがちだが心優しく、書く才能にあふれ、生きる強さをしぶとく追求する人だったことを証明している。

誰もがそうであるように、弱さと強さ、ポジティブとネガティブをいったりきたりしながら毎日を生きてきた人だったろうに、それでも、こうしてプツンと糸が切れるように、ぽっかりあいた穴にうっかり落ちてしまうように、哀しい結末を迎えてしまった。こんなこともあるんだ。それが、25歳の私には恐ろしかった。強く生きようとする意志に限界があるということを思い知らされるようだった。

鷺沢さんの小説は、2009年現在、まだ一般の書店でも何冊も置いてある。絶版になったものはほとんどないのじゃないかな。ただ、永遠に新作を読めない作家の一人になってしまったので、今後、少しずつその数が減っていくのは、ある意味しかたがないだろう。

それでも、この日記を読んだ人の中で、これから彼女の本を読む人もいるかもしれない。彼女の小説やエッセイは、どれも魂が込められたもので駄作はひとつもないんだけれど、老婆心ながら、今、私がおすすめするものを書きたい。

  • 『帰れぬ人々』『駆ける少年』(文春文庫)

初期作品集。『帰れぬ人々』に収められている『川べりの道』で文学界新人賞を受賞。少年少女の焦燥感、閉塞感の中にある、しんとした悲しみ。そしてたくましさ。こんなものを書いた当時10代だった彼女を思うと、今では胸がしめつけられる。

  • 『海の鳥・空の魚』(角川文庫)

原稿用紙4−5枚の作品を20ほど収めた掌編集。生きていくことの底辺に流れる悲しみをすくいとりつつ、小さな希望を描く。ちょっと元気のないときに読むと、ほっとする。

  • 『コマのおかあさん』(講談社文庫)

ある日彼女が拾って、亡くなるそのときまでずっとそばにいた雑種犬「コマ」との日々。とてもあたたかく、笑いにあふれてるのに、なぜか涙が出る連作エッセイ。

失敗談、愉快な友人たちの話など、彼女のユーモアが炸裂したエッセイ集。いわゆる「電車の中では読まないほうがいい」類の本。「お楽しみはこれからだ」と名づけられた章タイトルを見ると、やっぱり「そうだよ、これからだったんだよ、いつでも。なのに何でだよー、めめさん!」と言いたくなるよ。

中篇2作を収録。最晩年の作品ということになってしまうこの作品たち。裏表紙に書いてある紹介文には、
「優しい涙がとめどなくあふれる、まるで神さまからのギフトのように慈愛に満ちたサギサワの最高傑作!」
とある。本当にそのとおり! これを読んだのは、彼女の死後4年近くが経ってから、2008年の新春のことだった。そのとき日記に書いた感想を再掲。

本を読んでこんなに泣けたのは、いつぶりだろうか?
鷺沢さんが最後にたどりついたのは、この境地だったのだ。
夫婦とか親子とか、いわゆる姻戚関係や血縁関係はないけれど、それでも結びつく、かけがえのない「家族」。
惚れた腫れたなんて一過性ではない、愛情を積み重ねるということ、それは報われるということ。

磊落でユーモアあふれるサギサワ節も効いてたし、重々しくはないのにぐっとくる傑作。こういうの、なかなか見かけませんよ。

鷺沢さん、あらためて、どうか安らかに。