ベルリン世界陸上、最終日、女子マラソン!

いいかげん、さっさと書かないと忘れてしまいますー、世界陸上最終日!

女子マラソンはもちろん、男子と同じ、妙ちきりんなコースで争われます。スタート前、
「昨日の男子と同じく、今日も高速レースになるんでしょうか?」
と聞かれたQちゃん、
「いえ、それはないと思います。女子はスローペースになりますね。」
と、自信ありげな口調。

そう、このレースは、女子の国際マラソン大会ではおなじみ、日本女子ランナーの母・鈴振る声色の増田明美さんと、国民栄誉賞ランナー・Qちゃんこと高橋尚子の2枚看板の解説で、日曜日ゴールデンタイムのお茶の間にライブ中継をお届けするのです。沿道のリポーターには、これまた男子陸上の解説でおなじみ、金哲彦さんと、それから前大会銅メダリスト、土佐礼子さんまで配した鉄壁の布陣。

TBS、やる気です。ていうか、やりすぎ感があります。これで日本人全選手惨敗だったらどうすんだ、と、戦前はそれがもっとも心配な私でした。たとえ誰も入賞しなかろうと、マラソンファンの私は、この大きな舞台をライブ観戦したことに満足できるでしょう、でも、お茶の間の期待をいたずらに煽っちゃ、成績が振るわなかったときの残念度やバッシングが高まりすぎるじゃないですか。ファンとしてはそういうのが一番悲しいのです。

しかし、そんなの「心配ご無用!」だったことは、もう皆さんご存知ですね。ええ、尾崎好美選手が、銀メダルを獲得してます!

マラソン女子の尾崎と言えば、私にとって忘れられないのは朱美選手です。2006年の東京国際女子マラソン、みたびの復活を賭けて臨んだQちゃんを、ラスト3キロ地点で抜き去って2位になったのが朱美さん(ちなみに1位は土佐さん)でした。今回の好美さんは、その妹さんだそうです。確かに姉妹、印象が似てます。てか、途中まで、別人って気づいてませんでした・・・。

そのQちゃんの予想通り、レースはスローペースで始まります。このレース、日本人選手の中で最高記録(というか世界トップ3に入るほどの)をもつ渋井さんが怪我により回避したほか、イギリスのラドクリフ、ドイツのミキテンコといった超有力選手も直前で参加を断念。本命不在のこの大会、誰が勝つのかまったくわからないとはいえ、正直、日本人選手は小粒な印象でした。

前半、先頭集団のひとかたまりの中に、常に尾崎・加納の両選手はいましたが、前からのカメラでは頭がひょこひょこ動いてるのがわかるくらいの位置。1−2秒しか違わないとはいえ、それよりも前のほうには、中国の周春秀や朱暁林といった国際大会でおなじみの選手、それから超要注意・アメリカの新鋭ガウチャーもいます。それから、2000年シドニー五輪でQちゃんとデッドヒートを繰り広げたシモン選手もいましたね! まだ世界大会の現役バリバリ! 

ちなみに私は、今回の日本人選手の中では加納さんにもっとも期待をしてましたが、世界の強豪相手に、彼女を始めとした日本人選手がメダル争いをできるかといわれれば、疑問符はありました。

しかし尾崎選手、加納選手はとても調子がいいようです。ふたりともとても美しい走り。精密機械のように寸分狂いのないフォーム、力みなく一定のリズムを刻む腕振り、高い腰の位置、そして、ちょこまかとした市民ランナーと決定的に違う、力強いストライド。ほれぼれします。25キロ過ぎ、誰かが急激にペースを上げても、その安定したフォームに乱れはまったくありません。

30キロ地点で、ロシアのユラマノワ、エチオピアのメルキア、中国からは周春秀・朱暁林をおしのけた白雪、そして日本の尾崎という4選手が抜け出します。いずれも五輪や世界陸上で実績があるわけではない、若手ぞろい。その中でも、フォームにしろ表情にしろ、尾崎選手は周りとまったく遜色ない様子で、解説のふたりも大プッシュです。

あ、増田さんとQちゃんが奏でる解説のハーモニーは、予想以上に良かったです。お互いを押しのけようとすることも、けん制しあうことも、遠慮しあうことも、必要以上に馴れ合うこともない絶妙のバランス感覚は、おふたりの人柄でもあるだろうし、同じく世界で戦ってきたトップアスリートならではの連帯感、それと相反しながらも矛盾しない、個人主義的な部分もあるのでしょう。まったくストレスを感じないどころか、解説が大いに盛り上げた部分もあると思います。

特にQちゃん、この大会のスペシャルキャスターとして、たくさんの競技をミックスゾーンからリポートしてましたが、やはり女子マラソンとなると、まったく輝いてました。トラック種目では、やや受け身でミーハーっぽい言辞も目立ちましたが、このマラソンでは、1トーン低く、しかしハリのある声で、ビシビシ自分から発言してきます。そのさまは、まさに勝負師。心地よくピンと張り詰めた空気が漂うのです。

この中で少なくとも誰かひとりはメダルを逃す、という4人での道ゆきは35キロ地点まで続き、最後の大掛かりな給水ポイントを迎えます。さあっ、皆さん、ここは見ましたね! いささかミーハー的ではありますが、かなりの見どころでした。

35キロともなると、足を始めとした体じゅうの筋肉はもちろん、心臓や肺がゼエゼエと軋み、そして、意外と知られていませんが、このあたりでは既に、胃や腸といった消化器官も、通常の維持活動を超えて悲鳴をあげています。また、この日、快晴のベルリンはまさに太陽を真南に迎え、気温も30度を上回っています。けれど35キロ過ぎがマラソンの勝負どころ、しかもまだ4人がメダルを争っているという予断を許さない状況、絶対にここで給水を失敗するわけにはいきません。

各国ごとに国旗を掲げ、テーブルを縦長に配しての給水ゾーン、ここには「スペシャルドリンク」ボトルが用意されています。必須アミノ酸とか各種ビタミンとか走るうちに消費しきった糖分とかを、最新のスポーツ科学で、しかも各選手のお好みの味で配合した飲料です。これを飲むか飲まないかでは、体力的にも、精神的にも、全然違ってくるのです。

なのに、突っ込んできた尾崎選手、ボトルを足元に落とした! ほかの選手はゆうゆうと受け取ってスピードを緩めることなく走っていきますから、ここで拾ってるひまなんかありません。「あーっ、落としたー!」尾崎選手は顔色ひとつ変えず走り続けますが、見てる私は「万事休す!」的な気持ちでした。

しかし、ここで、日本が誇る佐川急便やペリカン便のお兄さんにも勝る勢いでダッシュしてきた男子がいました! 彼は、尾崎選手が無念にもいったん落とした彼女専用のスペシャルドリンクボトルを握り締め、そしてしっかりと彼女に手渡した! 一瞬のことでした。給水ゾーンでは、あらかじめ登録したスタッフは、落ちたドリンクを拾って手渡すことが許されているのです。しかし、しかしですよ。

  • ボトルは(スタッフから見て)テーブルの向こう側に落ちたので、テーブルを乗り越える
  • それを拾い、
  • 走り出し、先頭集団をひた走る選手に追いつく
  • 落ち着いてそれを本人に手渡す

なんて、はっきり言って、ボランティア精神だけでは不可能な技です。なんせ彼女たちはキロ3分ちょい、つまり100mあたり18秒あまりで走っており、これは私たちには自転車でも併走できないほどのスピード。落ちる→テーブルを乗り越える→拾うという一連の動作だけでも、おそらく数十秒もロスしてるはずなのですから、ここから追いつくのは至難の業。

そんな最高のサポートをやってのけたスタッフ男子は、なんと、この大会、3,000m障害の日本代表・岩水選手でした! 弾丸のごとく追いついてきて一瞬でボトルを手渡し、すぐさまカメラからはフレームアウトしていきましたが、その一瞬の横顔には会心の微笑が! 超カッケー! 

彼、すでに大会2日目に自分の競技を終えており、そこでは決勝に進めないどころか、周回遅れになるほどの、いわゆる「惨敗」を喫していたわけで、直後はかなり落ち込んでいたらしいのですが、このマラソンのためにあらかじめ給水スタッフの任についており、しかも、最高の形でその役目を果たしました! 

や、そりゃあ、あんなでっかいハードルや水濠を超えれる選手だもん、給水テーブルを飛び越えて落し物を拾い、トップアスリート女子を追いかけるなんて、お手のもんさね(笑)しかし、彼が手渡ししたほんのほんの先には、どの国の選手でも取れるミネラルウォーター用の給水テーブルが並んでて、実質、ボトルを手渡しできるスペースは、あの2,3mだけしかなかったんだもん。本当にナイスランでした! この度胸で、次はご自分の好記録も更新できるでしょう! てか、こんな逸材を給水スタッフに任命していた陸連(?)、グッジョブ!

思わず岩水選手(スタッフー)に言を割きましたが、そんなわけで、ばっちり給水をした尾崎選手も勇気凛々です。ちなみにこの4文字熟語は、解説の増田さんが使ってました。増田さんは、熟語や故事成語が好きなのか、このほかにもレース中に尾崎さんを表現して、「勇猛果敢」とか、「出藍の誉れ」とかいった、あのかわいらしい声色には一見似合わないような、なんだか渋い語句を使ってましたね。

この給水直後、先頭を走っていたロシアのユラマノワが、突如、失速。肺というか肋骨というか、そのあたりを押さえて顔を歪めていましたが、だいじょうぶだったんでしょうか(最後は8位だったようです)。とにかく、ここで先頭集団は尾崎さんを含めた3人に! 

スタート前から、「このコース、私なら35キロで仕掛ける」と公言していたQちゃんにも力が入ります。エチオピア、中国の両選手を両脇に、「最後のスピード勝負になったらスプリントではかなわない、ここから仕掛けよう、と尾崎さんは考えてますよ。」と断言。その言葉どおり、尾崎選手、先頭に立ってスピードを上げます。しかし、しかし、あとの二人も離れない! 「尾崎さん、何度もしかけてるんですよ。でも、相手も強い! あ、ここは一旦、下がりましたね。二人の姿を目で確かめられる位置に下がりました」 

なんとかエチオピアのメルキア選手を振り切り、ついに40キロで、中国・白雪と日本・尾崎の一騎打ちに。ここでは既に、画面の右上に「尾崎、金メダルへ激走!」みたいなテロップが出て、実況アナウンサーも「金! 金!」と連呼してましたね。心臓に悪すぎるデッドヒートで、見てるこっちのほうが既にへとへとです。も、もうやめて・・・。たかが2時間だけどされど2時間、もうとっくに尾崎さんに感情移入しちゃってるんだよう。これで負けるとかつらすぎる。

しかし勝負は無情のもので、ラスト1キロというところで、白雪選手がふらーっと(まさにこういう感じで)抜け出したのでした。尾崎選手、最後まで力強いフォームだったけど追いつけなかった。でも、それでも銀メダルです! やりました! 私もうれしい! おめでとうございます!

インタビューなんか見てると、けっこう淡々と?ひょうひょうとした尾崎選手、あれは相当なタマと見た。いまだ若々しい、かつての世界陸上・銀メダリスト、山下佐知子監督も、もちろん感無量なんだろうけど、カメラの前では結構あっけらかんとしてて、それがまた良かった。女性同士の師弟関係って、あんな感じがいいんだろうな、なんて思ったりしました。

ちなみに、優勝した白雪選手、なんとまだ20歳だそうです。マラソンランナーって、トップアスリートでもかなりフォームに個人差があるんだけど、この人が、また独特。ま、とはいっても、日本人選手はだいたい、皆さん一般向けのランニング雑誌のお手本になれるような、無駄なく乱れの少ない、きれいなフォームの方が多いんですが、この白雪さんは、後半の勝負どころまで、肩甲骨の推進力、使ってんの?てぐらいに、腕をだらーんを垂れ気味に走ります。

なんか女性っぽくないような走りにも見えたんですが、その後、表彰式に現れた彼女を見て息を飲みました。その澄み切った表情は優勝したからかもしれないけれども、化粧っ気のないそのお顔は、すっきりと美しく、輝いてました。ほんとにおめでとうございます。42.195キロ、あなたも必死に走り、そして見事に栄冠を勝ち取ったのです。でも、これで20歳って・・・やっぱり世界はすごいです。

ベルリン世界陸上は終わってしまいましたが、まだきっと明日あたりも、今大会を終えての所感みたいなものを書くんじゃないかと思います。