『武士の娘』(ちくま文庫  杉本鉞子 著、大岩美代子 訳)

武士の娘 (ちくま文庫)

武士の娘 (ちくま文庫)

明治6年、越後は長岡藩の家老であった稲垣家の娘として生まれ、幕臣として戦いに敗れた父のもとで維新後に育ち、結婚後はアメリカに住んで二人の娘を生むが若くして夫に先立たれて帰国、しかしその後はまたニューヨークに住まい、英語でこの本を書いた著者。

自然や旧き良き習い、ありのままのさだめを受容することのを美として厳格に育った子ども時代、婚約後、米国で事業を興した夫と共に暮らすべく、1ヶ月もかけて東京へ行って自由な校風の英学校へ通った娘時代、米国へ渡っての暮らしやその地に住む人との交流における戸惑いや成長が見える婦人時代、そして夫の死後、日本へ戻り、米国生まれの娘たちを女手で育てる母親時代と、描かれる半生、まさに波乱万丈。当時としては進歩的すぎるほどの環境におかれることになるも、その根底にはどこまでも「武士の娘」たる芯の強さがあるんだなあ。

昔の人の風俗や暮らし、思考や行動を知る本は本当に面白い。卑弥呼の古代に遡るまで、どの時代の歴史にも興味はあるけど、歴史上の偉人傑人はもとより、近代に入っては、いろいろな身分・立場にあった人々の具体的なあれこれがわかるものがたくさんあって面白い。『忘れられた日本人』(宮本常一)のように、名もなき人々(私の祖先もこの類の人々だろう)の農村での、貧しくもいきいきとした暮らしをフィールドワークによって克明に浮かび上がらせたものもいいし、こういう、いわゆる支配階級にあった人々の暮らしに、毅然とした日本人の精神性を見るのも面白い。