『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹 

今日は1日ごろごろする、と決めてごろごろ読書。

ラン友から、「『村上春樹は小説よりエッセイ』というのがわかる気がする。夢中で読んでます」とメールが届く。私と同じように、かつて春樹の小説を読んで「これは向いてないかも」と、以来長いこと彼から遠ざかっていたというその友人に、先日、『走ることについて語るときに僕の語ること』を誕生日の贈りものとして手渡していたのだ。

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること

自分の好きな本をプレゼントするというのは、お節介の極みのようでなかなか気が引ける行為だが、もともと本が好きで、そして走るのも好きな人なら、これを読んで必ず思うところがあるはず!と、勇気を持って鼻息荒く贈ったもの。メールを見てうれしくなった。そして、自分もまた読みたくなったので、かれこれ5回以上はもう読んだその本を、再び読み始めて一気に読了。

ああ、なんて滋養にあふれるエッセイ集だろう!

彗星のように文壇に登場して、以来、停滞することなく多くの出版物をベストセラーにしてきた経歴から、天才肌の文豪のようなイメージもある村上春樹だが、彼の数多いエッセイを読むと、絶え間なく肉体を鍛えることによって精神をとぎすまし、そこから、とんでもなく確かな言葉選びによって文章を紡がれているんだなあということがよくわかる。彼は勤勉なアスリートのような作家なのだ。でも、決して、僧侶のようにストイックではない。彼の人生は自分で選んだことをコツコツとやってきた人がもつことのできる、確かな喜びや楽しみにみちているように思える。そういう人生を歩みたいものだ、と、30歳の私は考えるのであります。