春樹、エルサレムで講演す

朝の時点では『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦 角川文庫)についての感想を昨日に続いて追記しようかと思っていたんだけど、やっぱり今日はこれについて書いとかなきゃって気持ちの私です。

村上春樹 エルサレム賞授賞式で記念講演』
(以下は産経新聞ニュースサイトの抄訳です)


一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。

一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。

一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。

一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。

全文を掲載しているwebはまだないみたいですね。
彼が実際に発した英語のスピーチをもうちょっと詳しく引いてるサイトがあって、それを読んだ感じでは、この抄訳よりももっと「村上春樹」らしかった。
いかにもスマートでナイーブで、小憎らしいほどクールかつシニカル。
もちろん同時に、隠喩は示唆に富み、単語のひとつひとつ、文章の連なり、声に出して読んだ感じの響きにいたるまで、目配りし尽くしてるな、と感じた。
(とはいっても、私の英文読解力といったら、今や大学生よりさらに落ちるくらいのレベルだろうけどね・・・)
イスラエル文学賞であればなおさら、
記録どころか後世に残る歴史としてすら残るスピーチになってもおかしくないものだろうから、
言葉を操るのを業とする作家としてこの賞を受けた以上、(春樹は、意見を表明するにあたって、
 『I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies』なんて言いまわしで始めてますね)
よくよく推敲された全文であることは疑いもない。

しかし、ネットやテレビ・新聞は言うに及ばず、人々の口の端にのぼる場合でも、抄訳よりもさらに短い「抜き出された」フレーズが独り歩きすることをも十二分に見越した、周到なスピーチだと思う。

「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵。
自分は常に卵のがわに立つ。壁のがわに立つ小説家に、何の意味があろうか?」

うーん、うまいね。さすが春樹。
や、ナナメに構えて言ってるわけじゃないんだよ。

私がこれまでに読んだ春樹の著作群。

あとは、村上朝日堂シリーズを始めとする、お気楽な(?)エッセイなど。
決して多くない。海辺のカフカねじまき鳥クロニクルも、アンダーグラウンドも読んでない。

そんなつまみ食いの私にとっても、
このスピーチ(の抄訳)における彼の立脚点は、彼に対する印象をまったく修正させなかった。
いかにも春樹さんらしいなー、と思った。
というかむしろ正直なところ、抄訳を読んだとき、ぐっと熱い気持ちがこみあげたもん。

いわんや、真性のハルキストたち(揶揄じゃないよ)はさぞかし感激し、
デタッチメントに始まった彼の文学をここまで追い続けて来た人などは、
「春樹、ここまで言うようになったか・・・・」
ていう感慨に堪えなかったりするんだろう。

一方で、
「“あの”村上春樹がここまで踏み込んだ発言をするとは」
と驚きをもって受け止める人々も少なくないだろうし、このスピーチで初めて彼の言葉に触れた人々は、
「なんか骨のある奴じゃないの」
という印象をもったりするんだろう。

なんか、ほんとに、つくづくねー、さすが、春樹ともなると違うね!て感じるんだけども。

でも、どこの誰にどんな受け止められ方をされようとも、春樹さん自身は
「これは欺瞞じゃない、僕の、真摯な、真実の言葉だ」
って胸を張って(彼は胸を張ったりしなさそうだが)言えるんだろうな、って思える。思わせる。

だからこそ、このスピーチの価値、この受賞の価値というのは間違いなくあって、それは春樹自身の輝かしいキャリアのひとつになるのかもしれないけど、
世界じゅうにとって意味のあることなんじゃないかな、って思った。
おのれの栄光のためだけに、このスピーチをしたわけじゃないんだろうと思う、春樹さんは。

「We must not let the system control us - create who we are.
It is we who created the system.」

あ、そうだ、you tubeなんか見たら、動画がupされてたりするんかな。
春樹の講演なんて見られるの、そもそもレアだよね。
どーせ英語だから聞いたそばから理解できるなんてこたぁないけど、日本語でスピーチしたなんて、(芥川賞受賞以来?)ついぞ耳にしたこともないし、これからも日本では絶対しそうにないからなー。
あー私、野次馬感覚も、結局、否めないなー。