『おんな城主直虎』 第44話 「井伊谷のばら」

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おう。お小姓たちとのえげつないバトルが続くのかと思ったら、さっくり4年経って先輩たちはお小姓卒業してた~! そうだよね、もう44話だもんね、尺あんまりないもんね。だから万千代編を1年確保してだな・・・!

でも、えげつない “色小姓” ネタはちゃんと続くのだった。殿の大事な色小姓ゆえ、安全第一の万千代たち。「我らに手出ししてみよ。殿のお怒りが、お・よ・ぶ・ぞ」 大いばりで切った啖呵が、ちゃーんと己にしっぺ返ってきてるんであるw

放置プレイにふてくされるも、悪態をつくだけついたら切り替えて、手も頭も動かすのが万千代の稀有な美点である。決して怠け者でも凡愚でもない万福が疲れて寝かぶってしまう姿を描くから、なおのこと万千代が卓越していることが強調される。(でも、ぎゃーぎゃーうるさい万千代の相手をせずサッサと寝ちゃう万福、かわいかった)

で、薬箱の紐の結び方から疑念をもったホームズ万千代が講じる一計。

いくつもの鮮やかな「反転」が印象的な回だった。

信康の小姓、武助が家康の命を狙う曲者に反転。
あろうことか殿の寝所で寝こけて起きない不届き者が、殿の命を救うお手柄を上げる反転。

それにしても、「しょうがない奴じゃな、もう1回起こしてみようか。ほれ、万千代、起きよ」って、家康優しすぎる~~~! この4年、そうやって散々甘やかして可愛がってきたんだろうなってのが丸わかり。そりゃ嫉妬もかうわ~! なんせ自ら色小姓してるしね…w

ともかく、自らの危険を顧みず挙げた手柄が、「寝所での手柄」ってことで下ネタにされているw 「どんな良い槍を持ってるんだ、ムフフ」って、ほんっとひどい脚本書くよね!(好きですw)

てか、家臣たちの間では、この一件から、家康が攻めから受けに反転したってこと?(やめなさい)

で、この寝所でムニャムニャな手柄がもとで、なんと一万石を賜ることになった万千代なんだけど、家督を継いでもいない、元服すらしていないのに、褒賞でそんな破格の知行地(江戸時代なら大名よ!)を得ることがあるんですね~。今作のことなので適当な展開じゃないと思うんだけど、そのあたり、補足情報ほしかった。

おとわと祐椿尼さまの「反転」、泣けました。心配ばかりかけ、孫を抱かせてやることもできなかった自分を親不孝だと自嘲するおとわが、母の愛を一身に受ける「果報者」に反転する。試練続きの我が子に何もしてやれない役立たずだったと嘆く祐椿尼もまた、娘に心から礼を言われて幸せをかみしめる。

ここで語られた言葉は、直虎のこれまでの人生を総括するものであり、人生の普遍を語るものでもあったと思う(私はベルばら未読なのでわかりませんが、オスカルのセリフにも通じるのですかね?)。

「屋敷の奥深くに暮らす姫だったら、百姓は単に米を運んでくる者で、ならず者は単なる悪党で、商人は銭に卑しく、家を乗っ取ろうとする家老はただの敵だっただろう。この人生でさまざまなことを経験したから、いろんなことを知ることができた。悲しみも多かったが喜びも多かった。(大意)」

そう、ただ守られ、悲しみが少ないことが人生の幸いではないんだよね。わが身になればそう思う。「深くコミットする」ことの苦しみと喜びを描くのは森下さんの脚本の常で、そこがすごく好き。でも、これが我が子のことになると、つい悲しみに出会わせたくないと思うのが親なんだよね。

「いつまでもそなたを案じていたい」 すばらしいセリフだったし、財前直見の情の深い演技と相まって、胸にしみわたりましたよ~(泣)。そして、祐椿尼の身を案じていたはずの井伊谷のみなが、祐椿尼から心のこもった手紙を一人一人もらうという「反転」もすばらしかった。桶狭間のあとの、お方様としての仕事を全うするエピソードを彷彿ともさせて。

万千代に言わせれば「いじわるばばぁ」「薬はよこしても家督は譲るまい」な存在でしかない直虎だが、直虎は万千代たちが戦に出たとなれば、一心に無事を祈っている。まったく、親の心・子知らずなもんですよね。

近藤のもとで裏方として甘んじる直虎に、「誇りはないのか」と激昂する万千代。名を上げたいだけではないか、くだらない・・・と詰られると、そのくだらないこともできずに逃げただけじゃないかと反発。罵りながらも「殿は」と思わず “殿” 呼びしているところが、セリフこまかい。

近藤と直虎について、「さまざまな経緯があって今の形に落ち着いた」と方久は深いまなざしで語り、家康はそれだけで概ねを了承したけれど、若い万千代には理解できない。直虎も言葉を尽くして教えようとはしない。「頭でぶつかりながら」でなければ体得できないのだとわかっているからだろうか? 

直虎と万千代、2人の衝突を見ていて不思議な気分になった。何か月も直虎の人生を見てきて、その過程で何人もが死んだり苦しんだりするのも知っている視聴者としては、直虎がやっと見つけた「落としどころ」と平穏な井伊谷に思いを寄せているのだ。でも一方で、向こう見ずな勢いで道を切り開き駆け上がっていく万千代がうれしいし、応援してる。勝手なもんです。でも、簡単に割り切れないのが人間ってことかしらね。

「それの何が悪い、武士とはそういうものだろうが」と直虎に言い放ち、徳川家では桜吹雪ばりに生傷を見せつけて大見得を切った万千代。色小姓が武勇の者に反転した!!と、カタルシスもりもりのシーンなのだけど、これで終わらないのが怖いとこ。

これは、万千代が「寝所での手柄」の真実を明るみにしたので、武助をオフィシャルに厳罰に処さなければならなくなったということなんだろうか? ほっほっ、やりおるわい~、というような酒井・本多・そして家康の笑いに比べ、榊原康政の厳しい表情はそれを物語っていたということか? 

武助は見目好い従者だった。色小姓とまではいわずとも、信康は彼をかわいがっていたんだろうなあ…