『いつも旅のなか』 角田光代

 

いつも旅のなか (角川文庫)

いつも旅のなか (角川文庫)

 

 

夏休み中、facebookなんかでも小旅行記みたいなものはいくらでも回ってくるし、SNSといわずブログといわず私もpostしてるクチだけど、やっぱりプロが書いてお金をとる文章って全然違うよねーーーーー!

というのを確認する本(笑)。いや、違うけど。

世界各地への旅の記録が、25,6章おさめられている。1章につき10ページほどなので、長くもなく短すぎもせず、とても読みやすい。著者の角田さんは一貫して自分を

「心配性で」
「計画性に乏しく」
「しっかりしていない」
「お金もあんまりない」

旅行者だと位置づけて書いているので、ごく一般人の読者としては親近感もわく。私も、もうちょっと行動力と時間とお金があれば、こういう旅をするかもな~、という感覚を呼びおこしてくれる。それはつまり、「私かもしれない人が旅をする」のを読む感覚。

でもやっぱり、物書きの観察力は卓越しているし、そういう「ユニークな力」を持っているからユニークな出来事や人を引き寄せるし、そしてそれを文章表現するのもうまい。当たり前のことだけどさ。


印象に残るエピソードはいろいろある。

モロッコの小さな町で、「君の役に立ちたい」「みんながシアワセになれるように」とひたすら親切心を発揮しながらどこまでもついてくる男の子という不穏なエピソードで幕を開けるのは非常に角田さんらしい。

17,8世紀に作られた動物や魚のはく製や人体の一部の模型がおびただしいほど並ぶフィレンツェの博物館を見て回る「過剰博物館」や、フィンランドからロシアの国境線を越える前後1時間(つまり合計1時間)、トイレが使用禁止になる列車「The Border」など、不穏や不安を煽られるエピソードは他にもちりばめられている。

旅で出会った人々のエピソードも。日本人女性が大好きで夫婦ぐるみでやけに親切にしてくれるカールさんの闇『コノミ』、あっちの輪で朝ごはん、こっちの輪で昼ごはん、さらによそでイカパーティと渡り歩き、約束の釣りがなかなか始まらない「かくも長き1日」、そして休暇がとれればハノイのビーチでじっと音楽を聴いている、ベトナム戦争に従軍したアメリカ人「Rさんのこと」。

こうして書き出してみると、なかなかストレスがたまりそうなラインナップだけど、ごくさらりと読めた。その土地土地の景色や色彩、空気感が簡潔な中にも鮮やかに描写されていて、ひとときそれを味わっては、10ページで終わる旅だからだろうか。

それに、旅には、期待感や刺激と同じくらい、不安や心細さ、ハプニング、そして疲労やストレスもつきものだと思うのだ。そういったものが含まれているからこそ、リアルな質感がある。そんな旅の数々だからこそ、ネパールで疲労困憊している筆者の自転車を軽々と運んでくれた青年たちや、木で鼻を括るような不愛想だけれど助けてくれる上海のおばさんや、台湾のあちこちにいた親切な若者たちのエピソードも沁みるのだろう。

それにしても、(いうほどたくさんの著作を読んできたわけじゃないけど)角田さんがこんなに旅好きで、しかもかなりいろいろなところを回っているのは意外だったかも。十年で驚くべき発展をとげたプーケットや、色あせひび割れた建物と乾いた青い空の中で皆が躍るキューバや、カラコルムの文字通り「なんにもない」風景の描写は、ささやかでも胸に迫った。