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『おんな城主直虎』 第16話 「綿毛の案」

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「綿毛の案」って何だろうと思ったら「赤毛のアン」かwww

名作のタイトル等をモチーフ?/パロディ?したサブタイトルのシリーズ。ゆるすぎるとか寒いとか、ネットの巷で言われているのもよくわかります。でも森下さんらしいな~って思う。こんなふうに、タイトルで不必要に(?)ふざけちゃうの。森下さん&岡本Pコンビのカラーなのかな? 『ごちそうさん』もダジャレシリーズだったもんね。

ふざけてるようだけど、こういう「縛り」のあるタイトルって、続けるのって実は難しいと思うんだよね、アイデアが尽きるというか。去年の二文字縛りもそうだったけど。そこへいくと、森下さんや三谷さんは、水準を落とさず、最後までやりおおせる実力を持ってるからね*1。今作でも、既に50話までサブタイつけ終わってるんじゃないかななんて思ったりする。

何より、中身がしっかりしてるからこそ笑えるけれん味なんだよね。これで中身がお粗末だったら本当に寒いだけだw 『ごちそうさん』最終週のサブタイは「トンだごちそう」だが、今となっては、このサブタイの一言で笑い泣きのような感情になる。

さて、そんなこんなで「綿毛の案」な今回。Twitterで流れてきて知ったけど、実際に日本で綿布の普及が始まったのはこのころで、遠州は綿花の栽培や繊維産業が盛んになる地方だったそうですね。そうだ、そういえば愛知=トヨタ=豊田自動織機だもんね・・・! というところまでちゃんと歴史を読み込んでいる脚本です。




政次が“物見遊山”を異様に気にして、結局茶屋に張り込みまでしちゃう執念は、目付としての業務や政局に遅れるまじというのもあるし、実は次郎の身が心配なのもあるし、でも一番は案外、「おとわのことで自分が知らないことがあるのがイヤッ!」ていう子どもっぽい意地だったりするんじゃないかと思う。

先週ラストの「知っていた、昔から」といい、今週の(ベンガル禰宜との会話)「あれはそういう女子だ」といい、「俺はおとわのことなら何でも知っている(ドヤッ」て雰囲気をぷんぷん漂わせる政次。六左を問い詰めるオーバーな所作、大人げなさ全開でしたよね。

相変わらずキャンキャン吠えはするけど、直虎に忠実な子犬になった直之が六左相手に「戦になったら守れる自信がない」と口にする恐怖。それは政次がもうずっと一人で抱えているものであり、けれどそれを己の胸中ですら素直に言語化できないくらいこじらせてるのが政次で、それでいて、今や素直に直虎を慕っている六左・之の字の2人に対する嫉妬心も燃えているんだと思う。じゃなきゃ、あんなに首を傾けます? 床拭いた雑巾で人の汗拭います? ほんっと、大人げない奴! これ、「かわい~!」「面白~い!」じゃなくて、「まったく、ろくでもない奴だ!(でも人間ってそういうもんだよね)」って感じの描写だと思ってます。

ほうぼう歩き回って、体力を使い果たして、電池切れで倒れる子どものような次郎。時を同じくして倒れた寿桂尼は死に向かっている。ここからまた時代が動くんだね。

OPクレジット「旅の男」柳楽くん! 方久同様、印象的な初登場シーンでして。ありがとうございます、と一応言っておこうw 鷹揚で、直虎に対する言葉遣いもそこそこ丁寧で、決して感じが悪いわけじゃない(むしろ、赤ふん含めて私にとってはすこぶる良いw)第一印象だったけど、この初登場で「人を買う」ことをあっけらかんと提案させるのが、この脚本の油断ならないところ。






人身売買や解死人のようなシステムが、当時は普通に行われていたものだから視聴者に何の痛痒も覚えさせないように描く、という作品ではなくて、やはりそれは人を踏みにじる制度だったのであり、そこには踏みにじられた人々がたくさんいたのだ、というのを出してくるんじゃないかと思う。そして、昔も今も、人間はややもすれば「そういうシステムだから」「こんなもんだから」と疑問を持たずに受け容れて、踏みにじる側にまわってしまったり、踏みにじられることに慣れて摩耗してしまったりする生き物なんだろうな・・・と、そんなとこまで踏み込むんじゃなかろーか?

今はまだお子様な直虎が、システムの残酷さや周縁で生きる人々について知るのと、頑なに拒みあっている鶴と心が通じ合うのとは、何か関連性を持って描かれていくのかな?

初回、鶴少年は「おまえは姫だから周りの者は逆らえぬ!そういうことをちょっとは考えろ、ばーか!」と言って、おとわをなじった。上に立つ者である直虎は、簡単に人を踏みにじることができる、踏みにじってしまう存在だ。それでいて、竜宮小僧であろうとする直虎は自分を犠牲にもしている。両方を描いているのがミソなんだろうねー。

しのさん。「無節操に噛みついたら味方をなくすぞ」と凄まれるしのさん(まったくもう、政次って奴は!)。それは真理で、しのさんの激情ぶりはウィークポイントになることもあるのだけど、そんなふうに不器用な性格なのに、虎松のためなら己の感情もどんな不条理も飲まざるを得ない、しのさんの孤独を浮かび上がらせる場面でもあると思った。

先週、「生母として直虎の後見を望まない」と一筆したためる前に、「私の意見なんて顧みられやしないだろう」と言った。それは結局、現実になった。今のところ、それがしのさんの立場。つらいよ。でも、また直虎とぶつかるの、わくわくする。

瀬戸村の百姓たちに、TKOやら山中崇やら、森下ファミリーおなじみの人間が多いのも、今後まだ何か展開があるんだろうなと期待させる。そして、之の字こと直之が可愛すぎて、彼が戦死しちゃったりしたら、わたし、相当悲しむわ!! 史実は調べないようにしてるから知らないんだけど、史実がどうあれ直之くんには末永いキャンキャン活躍を!!
 
 

*1:比べてすまんが、『軍師官兵衛』で、登場人物が「孫子」の兵法など古い文書を引用する場面は、わずか数話で途絶えたと記憶している。かんべーやんだけでなく、そういう挫折が見られる作品って結構あるもんです