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『おんな城主直虎』 第9話 「桶狭間に死す」

大河ドラマ

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1ー4話が、子ども時代。5ー8話が、成長した3人@井伊谷編。脚本はもしかしたら4話刻みで考えているのかもしれませんね。9話からは井伊動乱編、にでもなるだろうか?

 






アバンタイトル桶狭間!  玄蕃ちゃん、これで終わりかー(T T) まあ、ギャツビーあるし仕方ないよね…
今回は思いきり「陽」というか「幼」な役でしたね。井上芳雄の映像次作(できれば時代モノ。近代可)に期待。

義元の最期は、泥だまりの中で踏みつけにされる金の日の丸扇。いろんな意味で潔くて、「有り」な演出だったと思う。
ここで昇太義元に、『武田信玄』の勘九郎(当時)ばりの憤怒の死に際演技をさせても、それは違うもんねえ。

ただひとつ、“義元の死を知らされ大今川を動かす下知を迫られて怯える氏真”という場に、寿桂尼さまは居てほしかったな。あの不在は意図的な演出だったのか、浅丘さん側の事情だったりしたのか、ちょっと気になっている。先週は貫地谷しほり風林火山について書いたけど、「風林火山」では義元の首と対峙する藤村志保寿桂尼がすばらしかったのですよ。「悔しいか、義元・・・」ていう、あれね!

さておき、「俺の首を持って突破しろ」な直盛!!
エエエエエエーーーーー

当主 > その他家臣

じゃなくて、

当主(中高年)< その他家臣(若者)

ですか、戦国武士の命の重さが?!
別に、(最終回ラストの信繁のように)深手を負ってるわけでもないやん!

・・・・っていう決断を直盛にさせたのは、わざとなんだろうなあ。
農民に身をやつしてでも、隠れたり這ったりしてでも生き延びようとするのではなく、「井伊の当主」という価値を、「自分の命を絶って」、次世代の者を生かすために使うのが直盛という人だったと。

ここ、非常に矛盾を感じさせるシーンでもあったよね。「優しくて頼りないようだけど、井伊のために命を投げ出す覚悟の人だった」というのが、千賀による夫・直盛像。

実際は、井伊のためというより、娘でも、家の後継者ですらない、たった1人の若者を生かすために命を投げ出した。うん、まあ。やりかねんなー。というのがありますね。これまでの彼を見ていると。小野和泉を斬らなかった(むしろ守った)直盛である。2人で逃げ切れない状況で、俺が当主だから俺が生き残ると言えない奴。

直盛にとって「井伊谷の人間」こそが「井伊」だったのかもしれない。それは、竜宮小僧の系譜なのかもしれない。優しすぎる竜宮小僧の最期。親の代ではそれが限界だったという描写でもあるのでしょうな。
「いつか…」の続きは、ただの!「辻が花の着物を着せてやりたい」だったのが直盛という人物そのものなんだろう。幾度となく見事な花を活けていた彼の美的感覚がおとわに受け継がれているかどうかは、還俗後にわかるのですかね。

そんな直盛(首)の帰還。
弟・玄蕃の死や、義妹との会話も合わせて、予想以上に涙もろいな、但馬!
口も態度も悪い頭脳キャラって、往々にして鉄面皮なものだが、但馬くんの場合、感情を抑えきることができなくて、ダダ洩れしちゃうのね。
このあたり、策士ぶってはいるものの肝の据わりようが足りなかった父・政直とそっくり・・・というか、むしろ父の劣化版になってる感がある。

今を時めく高橋一生を涙目にさせる、という意味でも良いキャラ設定だと思いますw

対照的に、直盛の帰還で顔を固まらせたままなのが直親なんだよね。
一言で簡単に表現できない表情だったなーと思う。近しい人が突然、首で戻ってくるのは、直親には初めての経験じゃなかった。むしろ既視感。

直盛の首を見て、直親が己の父・直満の死を知らされた時のことを思い出さなかったはずはないよね。あのときのショック。あの瞬間から、彼の人生のほとんどすべてが変わってしまったこと。“今の直親”を形作っているものの根幹があの場面にあるんだよね。

そして、おとわに「父のようにはなりたくない」と打ち明けていた。それは、「横死しない」という意味なのか、「井伊を危機に陥れない」という意味か、それとも・・・。両方かな?と私は思ってるけど。「お家に実利をもたらす」ことを、己のアイデンティティにしようとしてるんじゃないのかな? だから、おとわに求婚を拒まれても自分は「井伊の跡継ぎ、直親」としての道をゆくと決めたし、跡目からいったん外されても受け容れた。

奥山に言われて但馬への疑念を覚えつつも、「今はそんなこと考えてる場合じゃない」と呟いてたね。「隠し里は井伊の最後の砦」というのに感じ入っていたこともあった。直親は直親なりに、井伊を守ることを真剣に考えてる。それが簡単なことではないのを知ってる。井伊を離れていた9年間があるから。

「血縁を亡くさないものは誰もいなかった」井伊の主な面々。誰もが悲嘆の中にあり、平常心を失っている状態で、めんどくささ全開になるでんでんの説得力な・・・!

その昂りの受け皿になるのはもちろん、小野で。何をやっても、というか何もやらなくても、小野が小野であるだけで疑われるわけですよ、もはや。
そこにきて、自身も大好きな弟を失ってるし、平常心でない但馬さんの、当人比何割か増しの「そんなん言うなら受けて立ちますが?」がなああああああ!
但馬さんホントにへたくそーーーーー!

これ、同じように逆恨みされた政直が斬られそうになったときは、直盛が身を挺して助けたんだよね。その直盛はもういない。それで但馬は、次郎のもとに身を寄せようとする。次郎どうする? そのとき亀は?! ・・・って、めちゃめちゃ楽しみな引きだな!!



首が帰還したときの落ち着きぶりは、「殿の生まれ変わり」を聞いたときの反応との対比でもあったんだなーと最後に納得。気を張って、心を込めて奥方の役割を果たす千賀を見て、「娘として」手紙をもらい、あなたがいてくれるから有難いと言われ、せめて寄り添っていようと心したそばから、おとわは、自分が決して母に与えられない喜びがあることを知るのだね・・・。

最後の財前直見の泣き顔には涙腺が緩んだ。演技と思えないような演技。女優だ!

別の見応えがあったのは、南渓と佐名の対峙。花總まり様のすばらしい着こなしとセリフ回し!!
岡崎城で奮闘している元康、「じゃがそれは」 どちら側として、何のための戦いなのか?と言外の南渓の問いに、「答えはいまだ出ておりませぬ」皆まで言わない、頭の良い人たちの会話! 

兄を毛嫌いしていた佐名さまが、やけに今川の情報をホイホイ明かすなーと思ったら、「もしものときは瀬名たちを匿って」と言うので納得。しかもそれだけじゃなくて、「私も瀬名も、ずいぶんお助けしてきたと思いますが」って、あの無邪気な文通にはそういう意味合いもあったのか、という・・・! 

いや、おそらく瀬名ちゃんはそこまで考えてなかったと思うのよ。無邪気におとわ姉さまを慕ってた様子があふれてたもん。でも佐名さまは「これはいつか売れる恩になる」と思ってたに違いない。史実で瀬名ちゃんたちに何が待っているのか、私たちは知っている。そのとき、佐名さまも何らかの関わりを持つんじゃないだろうかと、今回私は思ったね。作り手は、花總まり様という類稀なる女優の力をちゃーんと使うつもりじゃなかろーかという期待が・・・!

積み重ねられる家康の描写も面白い。



そして、「戻れてしまったのう!」のセリフは、運の良さも強調してるんだろうな。