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『真田丸』 第45話 「完封」

大河ドラマ

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うう・・・。「ご公儀」(←稲の口からこの言葉が出たよね、本編で初めてだよね)の大軍相手に胸のすくような勝利なのに、なんか切ないんだよね。私だけ? 

44話かかってやっとこさ真田丸も完成したし、今年は大坂方が勝っちゃうんじゃないかって気運もあるけど、でもそんなことにはならないのもわかってて。この勝利も、城も、この人やあの人の命も、遠からず失われる。「日本一のつわもの」という輝かしい称号だけを残して。そんな悲しみを底流にずっと感じていた。

頭文字「お」は織田有楽斎じゃなく厨の大隅さん(?)だったのか。だから自他ともに認める戦に不向きの与八を貼りつかせることにしたのか。「これも戦だ」。いや・・・これまだひっくり返される可能性あるな。

兵は塊じゃない。一人一人に顔があり思いがある。その重み。城の中には内通者がいる。軍勢の中にも戦ばたらきが苦手な者がいる。軽輩だけでなく、隊を率いる将にさえ。神への祈りを欠かさない者もいる。敵軍にもここに至るまでの物語がある。空堀を必死にのぼってくる、一人一人の兵にも。多くの兵に一斉に射撃させ、そんな兵たちを一人一人斃している。命を奪ってる。

勝ち戦を創作作品で見るのは気持ちいいんだけど、一人一人違う者たちをひとところに大量に集めて十把一絡げに戦わせ、死なせている苦みの描写にも、一定のウエイトが割かれている。勝ち戦の影でほとんど無駄死にのように死んだ梅のことを覚えてる。

戦場に出れば人の命はうんと軽くなるから、死に物狂いで戦わなきゃいけない。自軍を勝たせなきゃいけない。だから「日本一のつわもの」を景勝が言うのは何だか納得がいった。大身を30万石にまで減らされ、なお生き延びるために家康に従うこと汲々たある有様の上杉の目から見て、源次郎は、敵を殺し、配下を死なせ、自分も死ぬかもしれない危険を冒す価値のある戦をしているということだろう。知恵があり、勇敢で、己の意思で戦って、味方を勝利に導いている。景勝だけでなく、直江の顔もほころんでいるのが泣ける。

始終、静かに理知的に事を運ぶ源次郎が、息子がかつての己と同じ大役をつとめきったのを見ると思いきり相好を崩して快哉を叫び、再会でも手放しで褒め称える(ほっぺぺちぺち!)。この父と息子との関係は、要点は押さえたものの昌幸と息子たちほどには深く描かれることがなかったけど、さすが要点は押さえ続けてるって感じ。初陣を嘉する内記の滋味深いたたずまいもよかった。

秀忠 「大敗じゃ」
わかりやすい説明ありがとうございました(笑)。

大勝に沸く陣中で、少し声が裏返る信繁(堺さん巧い!)。こちらも興奮を隠しきれない木村長門守重成に打ち明ける。「こんな大戦は初めてで、口から心の臓が飛び出そうだった」。そう、これは私たちが見てきた真田源次郎信繁がやった戦。「日の本一のつわもの」と呼ばれても、動悸も息切れもする生身の人間。

「面白いように策が当たったな」という後藤又兵衛に、「策とはそういうものだ」と源次郎が言ったとき、すげーかっこいかったんだけど、ふと「策を当てらなかったとき、源次郎は死ぬのかな」と思った。今回の大敗を受けた家康は「次の策を考える」と言っていた。真田丸を作るまでの源次郎もいろいろな障壁を「次の策、次の策」と考えてきた。敵も同じだ。

思えば一話で、昌幸が「捨て鉢にならず最後まで策を尽くした者だけに活路はひらける」と言ったのだった。源次郎は大阪で死ぬ。大坂方は敗れる。源次郎が捨て鉢になるとは思えない。尽くした策の上をいかれて死ぬんだろうか。それとも、敗れてなお何かの活路が開けるんだろうか。

大坂に兵糧を届けたいという福島、平野。信之の願いを一蹴する稲(女の存在も気にしてる)。そっと、届けられる量を数えて告げるおこう(女の存在もたぶん・・・・気づいてるんでしょうね)。徳川方にもいろんな人間がいていろんな思いがある。

今度は茶々の侍女にされちゃったきりちゃん。きりちゃんは死なないと信じてるんだけど(きりちゃんまで死んだら全俺が立ち直れない)、茶々付きになるってことは茶々の死を見るのか。信繁の死は見られないのか。霧隠才蔵化して戦場に行っちゃうことはないのか?!