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『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』

 

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

 

 

対談形式で進む本。随時、両者がフットノートという形で補足説明する。

村上春樹は表だったところにはなかなか出てこないといっても、作品や心境を語るエッセイやインタビューは意外に多くて、私はそれらをかなり読んでいるほうだと思うし(むしろ小説そのものはあまり読んでいないんだけど)、この対談時期は1995年11月だから、もうずいぶん前のものなんだけど、それでも思った以上に他の本とは違う感興があった。

語り始めはコミットメント(「関わり」と本文中にカッコ書き)のこと。デビューしたころはデタッチメント(関わりのなさ)が大事なことだったけれど、今はコミットメントのことをとても考えている、と村上。外国に出て、長く暮らしたことが大きいという。

その間に湾岸戦争が起き、阪神大震災があり、地下鉄サリン事件があった。

(アメリカに住んでいると)日本人の世界の理屈と、日本以外の世界の理屈は、まったくかみ合っていないというのがひしひしとわかるんですね。ぼくもアメリカ人に何も説明できない。なぜ日本は軍隊を送らないかというのは、ぼくは日本人の考えていることはわかるから、説明しようと思うんだけど、まったくだめなんですね。

 

自分のテリトリー外に出て、初めて自分のテリトリーが相対化できるというのは、村上春樹ほどの人間でもそうなんだなと思いつつ、2人が話す日本の世界との違いを興味深く読む。「個人」や「コミットメント」という概念、「レスポンジビリティー(責任)」や、物事を言語化する態度も、日本と西欧ではまったく違うという。どちらかが優れている、劣っているという単純な言及ではもちろんない。

村上は「日本人にとって湾岸戦争とは何だったのか」という文章を、発表するあてもなく書き始めるも、「5年経ったこのときにもまだ書き終えられない、今でも小骨が引っかかったようだ」という。また、真珠湾攻撃から50年という節目もあったが、それら第二次世界大戦についてもよくわからない。考えてみると、近代の日本を戦争に導いたのは結局、湾岸戦争における日本のあいまいな態度、ずるさ、そういうものなんじゃないかと。

河合はそれを肯定しつつ、不戦憲法によって自衛隊(英語では国軍である)を派遣しない、お金だけ出すという日本の論理がアンビギュアス(あいまい)な偽善というならば、クウェートを守るためというアメリカの論理は明白な偽善だと言う。人間は(国家も)矛盾を抱えた存在で、矛盾を許容してやっていくしかない。許容とは解決したと思うことではなく、逐次“実際的解決策”を見出しながら、矛盾の存在にはずっとこだわって考えていくことだ、と。こういう考え方は私にとってとても納得がいく。

矛盾をおそれない、バランスは大事だけど、統合性や順序は主要ではないという河合の表明は村上に響く。それこそが、この当時の村上の最新長編『ねじまき鳥クロニクル』にも反映されているという(私は未読…)。そう、小説家の世の中へのコミットメントは、やはり小説にあらわれてくる。

小説家本人の言及として面白いなと思った部分。

非常に傲慢な言い方に聞こえるかもしれないけれど、『ねじまき鳥クロニクル』という小説がほんとうに理解されるのには、まだ少し時間がかかるのではないかという気がするんです。

小説にも、すぐ受け容れられるものと時間がかかるものとあるんですよね。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、あれが受け容れられるのにはけっこう時間がかかったと思うのです。それに比べて『羊をめぐる冒険』はすぐ受け容れられたと思いますし、『ノルウェイの森』はもうアッと言う間。

 

なぜ、『ねじまき鳥クロニクル』が受容されるまでに時間がかかるのかと思うのかというと、村上自身にさえまだよくわからないからだという。「小説の中ではぼくは解決しているのだけれど、小説のほうが先へ行ってしまっている」と。井戸を掘る、というのがこの小説ではとても重要なシークエンスらしい。それがこの当時の村上にとってのコミットメントであり、オウム真理教が提示した「物語」「コミットメント」とはまったく異なるものなのだ。

小説『ねじまき鳥クロニクル』を書いてから、オウム真理教の被害者たちにインタビューしたノンフィクション『アンダーグラウンド』を書いた流れは、村上のほかの文章でも読んだことがあったけれど、彼自身の「コミットメント」との関わりという視点で読むのは新鮮だった。

オウムが提示した「稚拙な物語」、その作用がもたらした結果は小説家にとっては衝撃だったのだろう。

「現代の物語はあまりにも専門化、複雑化し、ソフィスティケートされすぎてしまっていたのかもしれない。人々は根本ではもっと稚拙な物語を求めていたのかも」

と村上は書く。河合はそれに同意しつつ、「稚拙」というよりは「素朴」な物語の再評価として、昔話や児童文学を紹介しているらしい。(その活動の一端が『絵本の力』なのだろう)

「物語とは結びつけるもの」だという河合の仮説。

 

物語というのはいろいろな意味で結ぶ力を持っているんですね、いま言われた身体と精神とか、内界と外界とか、男と女とか、ものすごく結びつける力を持っている。というより、それらをいったん分けて、あらためて結びつけるというような意識をもつのはわれわれ現代人であって、あの当時はそれらがいまのように分かれていないところに、物語はあったのです。

 

心と体とを分けてアプローチするのは近代の方法であって、だから「心が大事だということは、体は大事じゃない」のようなスタンスが、昔のいわゆる文士たちが肉体を軽視した生活(暴飲とか女性に耽溺するとか)をさせたのではないか、という説明が面白い。村上春樹が早寝早起きで規則正しい生活をする上に毎日ランニングやら水泳やら何かしらの運動を欠かさず、それが作家としての体力につながっていると自認しているのはファンには有名な話。

それでは村上がとても健全かというと、健康ではあってもそうではないのだと、「自分ではある程度病んでいる、欠落部分を抱えていると思う」とこの本ではっきり書いている。もちろん人間は多かれ少なかれそういうもので、それを埋めるためにする努力が自分の場合、三十を過ぎてものを書き始めたということなのだと。

 

ただ、埋めても埋めても、これは埋めきれるものではないですよね。だから、最初はうまく、簡単なもので埋められるのだけれど、次第に、どんどん複雑にしていかないと埋められなくなるということになってくるのですね。

 

「自己治癒のための書き物」「己の抱える欠落感」について村上がこうも語っているものはとても珍しい気がする。臨床心理学者である河合が語る診療例や箱庭療法についても、村上はことのほか興味を持って聴いている様子がわかる。夫婦についての言及にもハッとさせられる。

 

「夫婦とはお互いの欠落を埋めるものじゃないかと思ってきたけど、最近になって(結婚25年が経っている)それはちょっと違うのかなと考えるようになりました。それはむしろお互いの欠落を暴きたてる―――声高か無言かの違いはあるにせよ―――過程の連続に過ぎなかったのではないかと。


だからといって、村上は夫婦関係がうまくいっていないとか、子どもの頃にみたされなさが…とかいう短絡的な話ではなくて、村上にとって、夫婦のこともオウムのことも湾岸戦争やノモンハン事件も、すべてが「コミットメント」なのだなと思う。「一つひとつ考えていくと、真珠湾だろうがノモンハンだろうが、いろんなそういうものは自分のなかにあるんだ、ということがだんだんわかってくる」と村上は書いている。

とても抽象的で哲学的で難しいんだけれど、この本を読んでいると、なんとなく感覚的にわかる。世界のことを考えるのは、意識が高いからとか倫理観とか、まして正義感からなんかではない。世界を考えるのも、そうすると歴史に行きつくのも、物語を求めるのも、夫婦関係や己の欠落感、よい仕事をするために体を鍛えるのなんかと同じく、自分に結びついた話なのだ。それらに秩序はなく、矛盾を含み、統合されるべくもない物語。それらがこの段階で『ねじまき鳥クロニクル』に結集されているんだなと知ったとき、初めてこの小説が読みたいと思った。

 

結局のところ、僕という人間はものを書くという行為を通して、もっとも有効に外部と関わり合えるのではないかという単純な結論にたどりついてしまいそうです。“でもそれだけじゃ足りない” ということもまた確かです。まだまだ僕なりに苦労しなくてはいけないんだろうなと思います。答えはそんなに簡単には見つからない。だってそれはある意味では、自分という人間のありかたをつくりかえていくことでもあるわけだから。


コミットメントについての村上の文章に、驚いて、じんわりとした。村上春樹は世界中の読者にとって「作品を生み出し、与えてくれる人」であり、偉大な存在。自分の流儀を貫いて大成した、社会的な成功者でもある。でも、彼は私たちと同じく、自分の人生に向き合うただ一人の人間であり、そこから目を逸らさず、自分に対して深くコミットしようとしている。

そして河合は、「頭だけでなく、自分の全存在をコミットさせることを学ぶ大切さ」を語り、そのモデルとして小説家としての村上春樹のあり方を挙げている。体制に対する「反体制」のようなコミットの仕方は、表面上どんなに激しくても長続きしないし、弱いものになってしまう。村上のように、身体性を持ち、道なき道を切り拓いて、自分なりの文学スタイル、生活スタイルを築き上げていくこと、そういう静かで深いコミットメントを若者たちに期待していると。それはこの対談から20年後に現れたシールズのようなコミットを思い出しても頷けるところがあるし、現代的・社会的であるのと同時に、普遍的で個々人に適用できる考え方だと思った。