『真田丸』 第37話 「信之」
斜めからのカットが印象に残る回だった。関ケ原での治部たちの敗北を知らされるも、昌幸はそう簡単に事の終わりを受け容れられない。あちこちに夜襲をかけたりと小競りあいを続けるのを信繁に説得されてへたり込む濡れ縁、兜姿の昌幸を斜め上から撮る。手負いの獣のような表情からガルルルルと唸り声が聞こえてきそう。
父と弟の命乞いに向かう信幸。稲が険しい顔で心配を見せるだけで安易に賛成も反対も言わない。元来この人は饒舌じゃないんだろうけど、嫁いできた当初はまだ子どもだったのが、大名の妻として成熟したんだなーというのがよくわかる。稲の後ろにはおこうが控えていて、3人ともそれがもう当然のように振る舞っているのも、この人たちの形ができあがってるんだなーと思う。
そこにやってきた本多平八郎(いつのまにか中務という官位を得た模様)。娘の顔を見て愛でるのもそこそこに、婿と共に上洛する。どんなふうに助命嘆願するのかと思いきや、信幸と共に城に籠もって徳川と戦うとは!! 熱いぜおっさん!!!(これは巷説ですか?それとも真田太平記へのオマージュかな?)
次から次へと白眉といえるシーンが続いた37回でも、この助命嘆願のシーンが一番こころに残っている。痺れた。「真田親子を殺すなら殿と戦う」という平八郎に駆け引きはないんだよね、本気しかない。もちろん徳川に勝てるわけないのは平八郎自身にもわかっていても戦うという、鎧兜も刀もないけどここはいきなり平八郎の戦場になったんだよな。そういう裂ぱくの気合を感じさせる藤岡弘のいい演技だった。
家康が出て行ったあと力が抜けて、「初めて殿に歯向かった・・・初めて・・・」と、これほどのもののふが声を震わせるのがまた、よかった。真田ふぜいが失礼なと信幸を切ろうとした平八郎が、掌中の珠の愛娘を家康の言いつけでなくなく信幸に嫁に出した平八郎が、いま信幸のために初めて家康に盾ついたんだよね。自分でも自分の心がわかんなかっただろうね。もともと忠義や孝行を重んじる人間だけど、そこまでした自分に。
こちらも決死の覚悟で家康に頼み込む信幸の血走った目、強張った表情が、家康の「命まではとらん」の一言で情けないまでに解けていくのがすごくて。力の入った演技に打たれていたら、幸の字を捨てよと言われてまたすぐに、衝撃で胸潰れるような表情になり、それでもぐっと堪えて平伏する信幸に惚れるしかない! 犬伏の別れに続き、たまらない名シーン! どーでもいいですがうちの母親が真田丸を見てて(といっても毎週欠かさず食い入るように見ているわけではない)大泉洋が大好きになったと言ってました。
このあと、家臣たちに向かって「信之」を披露するとき、その紙を真正面から写していて、片手で紙を持っている信幸の顔は斜めから映されているんだよね、このカットが非常に印象的で。芝居へた・小細工なし・良くも悪くも真っ正直な信幸が、犬伏の別れを経て名前を捨てさせられる、ここに至って修正できない深い屈折を抱えて生きていくんだなーと思わされました。「読みは変わらん。わしの意地じゃ」かっくいー!
で、家康なんだけど。
いくら仇敵とはいえ残酷すぎると思うのだ、家康。「生き地獄を味わえ」と言い渡すためにわざわざ呼びつけるなんて。かつて大政所と旭の再会に涙し氏政を救おうとした情の深い男が何でこうなった。人は権力を持つと変わるということか。目が泳ぐ昌幸と究極のチベスナ顔の信繁との対比も印象的 #真田丸
秀忠らの前では「真田など後回し」と、特段の深い憎悪は見せてなかったよね。それが、助命嘆願する信幸と平八郎を前にして変わった気がした。鷹揚に命を助けてやると言いながら、幸の字を「捨てよ」の吐き捨てるような口調。承る信幸への酷薄な笑み。生殺与奪権を握る権力者の顔になってた #真田丸
でも、十年も二十年も幽閉のままだというのは、自分が天下を握って決して離さない宣言でもあるのだな。昌幸という戦国の世を体現するような男を封じ込めるのが、家康が作る世の象徴というか。だけど仁の心を失い父を蹂躙した天下人家康に、信繁が立ち向かう日がくるということか。#真田丸
九度山流罪は妥当だと思うんよね、昌幸みたいな男を野放しにしとくわけにはいかんやろうと笑 それに「生き地獄味わいやがれ」という意味付けをしたのが #真田丸 の脚本の妙なのだろうと
石田治部との内応は明らかだし、秀忠軍と直接的に戦ってるし、さらにこれまでさんざん煮え湯を飲まされてきたわけで、理屈として死罪はうなずけるんだよね。それを、助命嘆願されて命を助けたのは温情といってよさそう。でもたとえ死罪でも「当時の理屈」として粛々と・・・むしろ、どころかどこか胸を痛めながら行うのが家康だったはず。最晩年の秀吉に無理やり一筆書かせる時も、秀吉が死んだときだって彼の挙動には真心があった。昌幸に特別な遺恨があったとしても、わざわざ呼びつけてあんな言い草ってねえ・・・。そのときも、立って見下ろす家康を斜め下から撮ってたよね。超不穏なカットになってた。
平八郎が命を賭したとき、怒るでもなく退けるでもなく受け容れたのが家康の大器だけど、私にはどうも、あのときに家康の天下人としての嫌らしさみたいなのが思いきって表に出てきたように思えたなあ。人は自分に命を賭けて命乞いをする。自分はそれをどうにでもできる。命乞いを受けて恩を売っておいて、助けたように見せかけて生き地獄の苦しみを味わわせるってねぇ…。嗜虐。
それにしても、真田昌幸と本多忠勝はどちらも戦国のもののふだけど、対極で、表裏比興の者・昌幸が、忠義孝行一直線の忠勝によって命を救われる、けれどそれは家康によって与えられる死以上の苦しみだった・・・ってめちゃめちゃドラマだなあ。昌幸も忠勝も、どっちも大局観なんてないんだけど、純粋まっすぐな忠勝のほうが生き残るのは真っ当な結果のようでもあり、いつの時代もそんな純粋さは権力者によって利用されるのだという皮肉さのようでもあり。
降伏を受け容れたあと、存外取り乱すことなく、粛々と城やら妻やらを処していく昌幸にちょっと安心したんだけど、家康にあんなこと言われて今度こそガックリきちゃったかも、来週になったら案外ケロッとして九度山ライフをそこそこ楽しんでたらいいんだけどなー。って、来週もう死ぬんですか!? えええええー! 最近超ハードだったんで、意外にのん気な九度山ライフの回があるものと楽しみにしてたんですがー!
おそらく最後になるだろう、昌幸と薫のシーンがよかった。薫が夫に膝枕してもらってて、豪奢な着物を王朝絵巻のようにばーーっと広げて甘えてるんだけど、ここも斜めからのカットでどこか不安を煽るんだよね。怖かった、つらかったと訴える妻に、悪かったすまなかったと謝る夫。薫も可哀想だけど昌幸もなんか可哀想だったよ。良い夫婦で互いに愛おしむ気持ちはあっても、理解できない部分や言葉に出せない部分はどうしてもあって、一緒にいられなくなることもあるよなあと。黙っておいていく昌幸、泣きながら探す薫。熟年の苦い別れを描く三谷さんである。
関ヶ原の経緯ははしょりながらもダイジェストなりナレーションなりでやるのかと思っていたら、本当に治部と刑部の最期しかなかった!
うたを匿い、ほうぼうに連れて行って望みを叶えてやっているのは、清正の贖罪でもあるのだろうな。清正といいうたといい、すばらしい人物造形だな。ところであのとき治部は清正になんと耳打ちしたのだろう? #真田丸
満足して生をまっとうしていった者たちのあとに春やうたの悲嘆がある。信繁の死後のことをいやおうなく想像させられますよね。信繁は春に「刑部どののように生きたい」と言った。決して死が前提ではなくて生きたあとに死がくるのであって大事なのはどう生きたかなんだろうけど、でも遺される者たちにとって死はやはり重いものだ。
嘆き悲しむ女たちの一方で、きりとか松とか元気な女たちに救われる。元気すぎて昌幸や信繁に鬱陶しがられる松だけどw せいいっぱいの「いってらっしゃいませ」にぐっときた。そして信繁にあんなに虚仮にされながらも結局ついていってるきりちゃん。もう霧隠才蔵でいいよ! 大活躍してほしいよ!
あと、家康の前で上田城攻めを悔しがる気持ちを抑えられない秀忠って、家康の目にはむしろ成長として映ったんじゃないかと思った。覇気も機智もないと思っていた息子が初めて見せた自我。実際、秀忠にとって、あの城攻めはそういう機会になったのでは。「初陣で負けた者は一生いくさ下手で終わる」と昌幸は言ったけど、あそこでの手痛い経験ゆえに秀忠は覚醒したのかも。そして彼は戦をしない世の中を受け継いでいく。歴史の妙がいくつもいくつも脚本に織り込まれている。