『真田丸』 第31話 「終焉」
はあああー、小日向さんすごかった #真田丸
「一代の英雄が死を迎えようとしている」あたりのナレーション、めちゃ司馬遼太郎ぽかった #真田丸
出浦様は、先週の吉野太夫よろしく、途中からニセモノに入れ替わっているんじゃないかと思ったんだけど、昌幸の前に現れたのは本人ぽかったなー ということは史実で生きてる出浦様がニセモノで佐助が中の人になったりして #真田丸
曲者を怖がってわたわたしてる秀忠が、ドラマ序盤期の家康にそっくりであったな #真田丸
「先送りにしていいことなんかひとつもない」昌幸パパの言葉はまたも外れるというか当たるというか・・・であった。お兄ちゃんが今日まで先送りにしてきて家康に泣きついたからこそ家康の命は助かった。確かに昌幸にとってはいいことじゃなかったね #真田丸
有名な秀吉の遺言状を家康(本多正信)が無理やり書かせるという創作に「うわー、そうくるか!」と。家康のときには秀吉が勝手に追伸を書き、三成は命じて書かせるのも史料を生かしてるなあと唸る。秀吉の書状には「追而書」が多く、そこに人たらしぶり、人心掌握術が見えるんだよね #真田丸
秀吉の冷たさ卑しさを指摘する茶々(と、きり)と、血まみれの男子の幻とが重なって、秀吉が処刑した茶々の兄・万福丸を想像させ、それが秀頼につながる。うまいなあ。自分が数々殺してきたから、自分の子がそうなるのをあれほど心配する。だから戦国の世は終わらせないといけないんよねえ #真田丸
でも万福丸の処刑は信長の命によるもので、信長の鎧も出てきて、秀吉という一代の英雄の正負の歴史両方は、戦国乱世という「戦い殺し合う時代」の流れの中にあるんだよね。そして「戦は大っ嫌いじゃ」と昔から言ってる家康が控えている #真田丸
自分が数々殺してきたからこそ秀頼もそうされるのではと心配でたまらなくて、その心配を払拭するために命じるのが「家康を殺せ」だから秀吉はやっぱり戦国の人だよなあ。さらに念を入れて源次郎への「佐吉を頼む、あれは淋しい男で」の情に訴える力! これぞ天下人に成りあがった男の執念 #真田丸
血まみれ男児の幻を見て佐吉にすがりつく姿に、2人には昔からこういう関係もあったのかもしれないとふと思った。三成がなぜ秀吉に絶対忠誠を誓っているのか、作中では特にエピソードは語られてないけど、寧が昔から秀吉の怖さ冷たさを知るように、三成は昔から秀吉の怯えを知っていたのかも #真田丸
人が身を挺してでも誰かを守りたいとか尽くしたいと思うのって、偉大で畏怖すべきだからではなく、相手の弱さとか哀れさとか、何かしらウィークポイントみたいなのを知るからじゃないかと思う。んで、それを知る人が少なければ少ないほど思いは増すだろう。茶々に対する大蔵卿局もそうだし。#真田丸
出浦(昌幸)が家康を襲ったことに多大なショックを受けてた信幸だけど、徳川の側も秀吉に強制遺言状を書かせるという立派に利己的な行動をしてたわけで、それ言い出すとスケールは違いすぎるものの自分も今までおこう母子のこと隠してたわけで、清廉潔白な人間なんてそうそうおらんのよね #真田丸
「戦は大っ嫌いだ」とは言うものの、本多正信のように卑怯だろうと手を汚すのを厭わない腹心がいてこそ家康が天下をとるわけよねえ。でも今回の書類操作を見た家康は自分の政権でそれやられないように水も漏らさぬ統治機構を作る必要性を知ったんだろうな #真田丸
稲とおこうを見てるとホントお互いしんどいだろうなって思うんだけど(先週の共に腹ぼてな二人の場面は笑うとこだったのかもだけど私にはかなりエグかった)、今回の茶々を見てると茶々は寧がいて有り難かったろうなと思う。稲とおこうにもそんな日も来るかな #真田丸
信幸はずーっと正しいんだけど、二人の妻にしんどい思いをさせてるってのは何げに念入りに描かれてると思うんよね。もちろん当時複数の妻を持つのも侍女に手をつけるのも普通だけど彼女らがしんどい(こともある)のは明確に描かれ続けていて、これがどう展開するのか着地するのか興味深い #真田丸
信幸と秀忠の恐妻トークは、Eテレ「スイッチインタビュー」あたりでたっぷりやってほしいもんです。にしても、二人の初めての会話が妻という奥向きのトピックだったのは何か示唆を感じさせる #真田丸
わたし今作の秀頼は、秀吉の実子じゃない設定かもしれない、とところどころで感じたことがあったけど、今日の鈴の音を父子ともに楽しむ姿は同じ血統の示唆なのかなあ。秀頼が遊んだから所定の位置になかった、という帰結もあるんだろうけども。 #真田丸
天下をとった男、華やかな席が似合う男がたった一人で、床の中ですらない「淋しい死」を迎えた。劇中、上杉景勝が「死にざまは生き方そのもの」というシーンがあったから(12話)、秀吉の死もそういうことだろうか。
個人的には、人間の晩年が必ずしも当人の人生の因果応報だとは思わない。そうだよね? でも少なくとも、秀吉は多くを殺してきたから万福丸のような男子の幻を見るのであり、だから秀頼が心配でならないのだと思う。ただ自分が天下をとって以後だけでなく、信長の命令でも秀吉は多くを殺した。それは断る余地のほとんどない行動だし、この時代の多くの武将がそうだっただろう。落首事件やキリスト教徒の処刑者の幻であると具体的に示さなかったのは、秀吉の行動の背後にそういった時代性を持たせる意図かなと思った。多くを殺した者が天下をとり、だからこそ天下人がもっとも孤独で、深い業や罪を背負うという戦国の側面。時代が移り変わらなければならない必然。
「家康を殺せ」「佐吉を助けよ」死を目前にしたそれらの言葉は相手に対する「呪い」となりうる。そういった運命の悲劇的な側面をとりあげていくこともできる。でもねぇ。生きていく中で、人間はいろいろな祝福や呪いの言葉を繰り返し受ける(あるいは授ける)のではないだろうか。その中で、誰かの人生の最期の時間まで濃密にかかわることは綺麗事だけでは決してすまないだろう、でも「それで呪われる」という筋書きはあまりに救いがないような気がする。
今作に限らず、ドラマの感想をネットで見ていると「(登場人物AはBに)呪いをかけられた」のような言葉で解釈している感想が散見される昨今だけど、そんなに簡単に人は呪われないよ、人と関わることでたくさんすてきなこともあるよ、って思いたい。
さまざまな人と出会い、かかわり、死や滅びや悔恨も見てきている信繁だけど、彼の中に多くの呪いが蓄積していって死に花を咲かす・・・なんてことにはならないっすよね、三谷さん。
・・・とはいえ、三成の滅びや、(三成でなく)家康が天下をとるにふさわしい人物であるという説得力も描かなければならないので、やっぱり作家は大変ですね。
小日向さんの秀吉は軽みと酷薄さ、そして老いをあますところなく表現し、全体に鬼気迫るものだった。フジ「HERO」で知名度を得た彼の二度目のブレークになっちゃったんじゃないのー? 小日向・鈴木京香・竹内結子の豊臣家は私の大河アルバムの1ページになったね。今回の茶々もすごくよかったよ。なんという繊細さ。
昌幸の私説・桃太郎が面白くてスピンオフで一寸法師とかいろいろやってくださいw ツイートもしたけど、登場人物に扮してというのはもちろん無理でも、真田丸関係者でスイッチインタビューやってくれないかなー。あまちゃんのとき、クドカン×葉加瀬太郎とかやったよね。岡田くんも官兵衛のとき出たよね。
吉野太夫が途中からニセ物になっていた、ていうネタは、あのとき限りだったらちょっと脈絡ない感じがするので、どこかで使われる気がしてて、さっそく出浦さま危うしになった今がぴったりなんじゃないかと思ったんだけどどうかしら。わくわく。