『とと姉ちゃん』 第4週 「常子、編入試験に挑む」
#とと姉ちゃん 無計画に飛び出して粗雑な(に見える)森田屋でカツカツの生活するうえ隈井に学費を借りるって、悪手も極まりないようだけど、常子を清の嫁=青柳の跡継ぎに収める未来をこの時点で決めてしまうのとどっちが? と考えると君子のお嬢様判断も一概に悪いとはいえないんだよなあ
#とと姉ちゃん なんたって真裏にいるんだから、姉妹が女学校に通い始めれば、学費の援助を誰がしてるか気づかない滝子じゃないでしょ。気づけば隈井に問いただして、結局滝子の財布が隈井を通って姉妹に届けられる仕組みになる可能性は低くない(それを君子に伝えるかどうかは別にして)。→
#とと姉ちゃん →どっちみち金銭面で青柳に頼らざるを得ない以上、青柳で(君子はパートに出るにせよ)悠々お嬢さん生活で数年間過ごすのより、森田屋みたいな全く違うタイプの人々と交わり、そこでの暮らしを経験するのは、長い目で見たら姉妹にとって無駄じゃないどころか糧になるような気もする
#とと姉ちゃん →こんなふうに感じられるのは視聴者として俯瞰してるから・常子の将来を知ってるからでもあるけど、ある一時点ではすごく誤った判断で無駄な苦労で、人に迷惑かけてるようにしか見えなくても、長い目で見たら糧の多い回り道なんだなってことはあるよな。と何か希望を感じた今日の回。
#とと姉ちゃん 4人も引き受ける森田屋も貧乏くじとは限らなくて、氏素性のわからん人を雇うよりは(店の金くすねたりする輩だっているだろう)青柳の娘とわかってるほうがいいし、本当に使えなければ裏に突き返せばいいし、それでも野垂れ死にしなさそうだから安心だし、滝子に借りも作れるしね。
#とと姉ちゃん 何より、丁寧で折り目正しい小橋家の暮らし方はもちろんすてきだけれど、森田屋の猥雑な食事風景はそれより劣るのか? ていう異なった価値観が提示されたのがうれしい。あれも彼らにとってはかけがえのない家族の団らんでは?
@ofuku_chandayo いろいろな人に出会い交わることで自分の根っこも人の根っこも認識しつつ、互いに影響しあって伸びていくんですよね。とても自然な成長が見られそうで楽しみです。
2016-04-25 10:19:46 via Twitter for Android to @ofuku_chandayo
いつものツイートから特に教条主義的でない普通の感覚と思われる人にも、君子に厳しい感想が見られ、無意識な「母親」というものへの期待の大きさに少し悲しい気持ちになる。その人の性質は変えられない。その性質の範囲でみな親になればいいと思うけどな。 #とと姉ちゃん
生きていく中で絶対的に正しい答えはない。自分の性質、その時の気持ち、環境、関係する人々の性質や気持ち、いろんなことを総合してその時ベターな答えを探していくしかない。それでも君子と滝子のように、親子だからこそ冷静になれなくて、あちゃーとなっちゃうことはすごくある。 #とと姉ちゃん
先週の滝子と君子の言い争いは滝子の方が筋が通っていて、お金があるから好きな暮らしができるというのは本当のことなんだけど、君子は竹蔵との暮らしを否定された気持ちになっちゃったんだよね。この食い違いが君子が滝子に否定されてきた過去を感じさせて、如何にも親子でリアルだなと思った。
滝子のもとを飛び出したのは、どう贔屓目に見ても君子の短慮だったと思うものの、そもそも母というものは完璧ではない(あの滝子でさえ感情的になる)「母は強し」なんてウソで、普通の人間だと位置づけてる #とと姉ちゃん 。
「使用人には飯はちゃんと食わしてやんな」この一言だけで森田屋の女将さんがずいぶんまともな人に見える #とと姉ちゃん
わー、このエピ、面白い。どんなふうに展開してどこに着地すんだろ。楽しみ。富士山で二人三脚エピも、滝子と君子のぶつかり合いエピも、私はすごく面白くてかつ納得がいったので、今回はどうなるのか、わくわくするー #とと姉ちゃん
でも、こういうエピソードのとき、朝ドラTLってちょっとびっくりするくらい盛り上がるんだよね…と今ひらいてみたらやっぱりそうだったw このドラマを好きかアンチかにかかわらず、みなさんの経験談や価値観がいっぱい! #とと姉ちゃん
君子には明らかに向かなさそうな仕事で、店にも迷惑かけてるし本人もしんどい。でも、何かして稼がなきゃ=逃げる選択肢はほぼない。という状況に、どう向かい合うか? 大きく分けて「本人の努力」「周り(雇用主側)の努力」「周り(子どもたち)の努力」、或いはそのミックス? #とと姉ちゃん
まつさん(だっけ?秋野暢子)の反応が楽しみだね。今日、リアカー引いて走る常子のほっぺをプシューとやったの、あれは抑圧的なのとは反対で、どこか親愛を感じさせる仕草だった。現時点では常子に好印象をもってるというより、暢子はそういうたちの女性だという描写かな。#とと姉ちゃん
常子が(滝子のツテで)君子にもっと合う仕事を探して、森田屋を出ていく or 家賃入れて間借りだけする。でも後者だと弁当屋に人材が要る。君子よりは常鞠のほうが戦力になりそうだけど、学校あるからねー。常子は「学校行かなくていい」と言いそうだけど君子もそれは嫌だろうし。#とと姉ちゃん
常子がリーダー的な役割を演じることはあっても、小橋家の女たちは助け合い支え合って生きている、君子は(誰にでも短所があるように)弱いとこもあるけど母親としての役割を十二分に果たしてるとこもある、脚本はそういう意図だと思うけど、君子への風当たり強いねえ #とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん 君子に経済的な処世の才覚が無いって、弱みだけど割と普通のことでもあるよね。不幸にも女所帯になってしまったからその弱みに直面しただけで。自分の弱みがどれだけ生活リスクになるか測れてないのも、経験したことがないからある意味当然で。もちろんそういうの込みで人生なんだけど
#とと姉ちゃん 君子はもともと良い母だった。今も良い部分は失ってない、ただ夫を亡くした不幸が今の彼女を良き母じゃなくしてる。女が稼げないのは普通のこと、おっとりした性格は資質の問題、滝子との確執には長年の経緯があり君子だけが悪いわけじゃない。人は弱点を補うためどこまで努力すべき?
家族の役割(親は親らしく)を果たすべきライン、適材適所って考え方のラインはどこまでだろう? 人に(家族・他人問わず)助けを求めていいラインは? 西田さんはそれらをとても柔軟に捉えて書こうとしてる気がする。なぜなら、そのほうがみんなが生きやすくなるからじゃないかな? #とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん 「自己責任たるべし」な風潮が他人も自分も追いつめてることに留意した脚本じゃないかと思うんだよね。たとえば前作のはつは、ふりかかった運命に対してとことん自己責任で頑張れたキャラで、だから視聴者の尊敬を集めたけど、そうできる立派さがなくても生きていけたらよくない?って
#とと姉ちゃん じゃあどうやって、「自己責任」「こうあるべし」な考え方に追いつめられすぎず生きてく?というと、不足した部分を誰かの美点や適性でできるだけ無理なく補い合い助け合いながら…って話になるんじゃないかなって。人にはそれができるんじゃないかな?って脚本になりそうな気がする。
子どもでも、君子より常子の方がリーダーの資質があり機転が利く部分もある、だから #とと姉ちゃん 。鞠子には(君子や常子にはない)賢さがある。それぞれの適性を生かす、ってこと。君子は、頼りないところがあっても娘たちの精神的支柱の役割を折々に果たしてるのが描かれてきた。親らしく。
#とと姉ちゃん もちろんそれだけじゃ経済的には立ちゆかない。子どもはお金を稼げないし、させちゃいけないから。じゃあどうする? それはさらに外部に助けを求めるしかないんじゃないか、求めていいんじゃないか、て脚本では? その外部から学んで、稼ぐ能力を(適性ある誰かが)獲得していく、と
「何かが足りない / 持ってない / 失くした」ってときに、「自分で考えて動いて、なんとかする」ってことが繰り返し描かれていくんだけど、その「なんとかする」は、自分独りでしようとしなくていいんだよ、本物じゃなくても大丈夫だよ、っていう脚本だよね。たぶん・・・ #とと姉ちゃん
っていうか、そういう脚本だったらいいな、という願いですかね。
常鞠が雑談したり食べ物入れるリヤカーに乗ったり走ったりするのも「仕事がどういうものか理解してない」からなんだよね。わかりやすく使えない新人やってる君子以上に。たぶん富江ちゃんからしてみりゃ腹立つ娘たちだろうなあ。 #とと姉ちゃん
@yosinotennin あ、私は小原家の母子に腹は立たないのですわ。そりゃそうだよね…と。森田屋一同の気持ちもわかるし「外で働くことに縁がなかった」君子と常子鞠子の「わかってない感じ」もうまく描かれてるなぁと感心してます。#とと姉ちゃん
周囲が常子鞠子達を学校に行かせられるよう配慮する裏には、君子に即お妾話が持ち上がったように「女が自立できなければ性を切り売りするしかない状況」がすぐそこに転がっていたのがあるか。そこにはまりこまぬよう、学問を武器にこの世を渡れるよう。#とと姉ちゃん
君子や常子たちが外で働いたことない感じがとても分かりやすい。でも専業主婦で女は家庭に入るのが当たり前の時代で、君子が外で働くことが通用しないのを責めるのは酷だと思うなあ。逆にそれだけ女の立場が危ういということの裏返しでもあるが #とと姉ちゃん
ま、あっさりぽん気味ではあったけど、滝子に気に入られた常子がまつにも気に入られるのは必然であるw にしても、松を届けた客に謝りに行く理由が「特別な思い出があって竹を食べたかった人もいるかも」なのが、あの小橋家で育った常子らしい綺麗な理由ですよなぁ。#とと姉ちゃん
上司に怒鳴られ、謝罪行脚で怒鳴られて、思いついたもう1つの謝罪行脚は徒労のようで。でも大切なことを掴んでた。滝子との外回りや「看板を守る」って言葉の意味、見たこと聞いたことが、自分で働き動くことで腹に落ちて身になる。それを見てくれる人がいる。真っ当な仕事描写だなあ #とと姉ちゃん
大将が本来謝りに行くのが当然だけど、俺のせいじゃねえってへそ曲げたところは、普通に駄目な上司って描写だと思うよ。大女将が指摘してたし。だから「行かせた」ではなく「行ってもらってる」ってセリフになったんではないかな。大女将がどういう采配にするつもりだったかは謎だけど #とと姉ちゃん
森田屋大女将、「謝りに行ってもらってる」。謝りに行かせてる、じゃないんだね。「やっちまったことはしょうがない」と同じく、生き方に一本筋が通っているので言葉の端々に愛がある。この女性の口から出るのは人間を尊重しないと出てこないことばかりだ。#とと姉ちゃん
クールな大地様が森田屋の大女将にはあんなに大人気ないことが引っかかってたんだけど、気を張って男衆やお得意様、青柳自体の歴史を相手にしている中、森田屋の大女将は気を緩められる相手ってことなのかもしれないなぁ、なんて朝ドラのことをいつまでも考えてるから上手く時間が使え
とと姉ちゃん。大将が謝りに行かなかった事は、駄目な事として描かれていると感じたので私は気にならなかった。女将さんも大将のそういう所を不満に思っているからこそ常子アゲがあんな大仰だったんだと思う。大将の危なっかしさは今後お話に生かされるのか?それとも戦争でそれどころじゃなくなる?
#とと姉ちゃん 大将夫婦が謝りに行かなかったのはTLでもいろいろ見た通り大将の「足りない部分」で、大女将がそれを見抜いてて歯がゆく思ってるとこまで描かれてたと思う。青柳商店も森田屋も、老舗だけど問題はある、完ぺきじゃないってことだと思う。どんな人やどんな職場もそうであるように。
#とと姉ちゃん しかし、深川の下町感や戦前の昭和感が薄い感じは何なんだろね。作り手の限界ってことかとも思うけど、今作は敢えて固有のローカル色を抑えたり、戦前と戦後のつながり(断絶と描かない)を意識してるってことはある? 「暮らしの手帖」の普遍性や、その原点のために。
息が白い白い白いw #とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん 少女たちの間にも流れるよそ者警戒意識、深川イズム。外国帰りの中田綾だけはそれに染まってないけど、いきなりきついこと言うあたり、自分もまるきり平気なわけじゃないっていうか、この空気が居心地よいわけじゃなさそう。
#とと姉ちゃん 今回は常子自身が女学生=自分のおかれた場所の中で贋物だとにみなされてる。それでもいいよと周りが認めるのか、何にしても常子はなにかしら、自分で考えて動くよね。変奏を繰り返しながらテーマが描かれてるなあ。ミシンは森田屋にも持ち込んでるんだっけか。
#とと姉ちゃん 清のしょーもない自慢話がヒントになったり(多分)、不審な帝大生の言葉が沁みたり、人と人との関わりあいには摩擦もあるが思いがけない救いがあったりもする。一方(学校)がうまくいってなくても一方(森田屋)は何だかあたたかくてうれしかったり、あるよねそういうこと
制服を新調するのを常子が断ったのは勿論家計への配慮だけど、無理すれば作れるんだよね、きっと。でも自分のコミュニケーション能力を過信してたから制服くらいとも思った。けど新しい集団が常に良心的とは限らないもんねぇ。しかしまず鞠子の心配をするのがとても長女ぽい。 #とと姉ちゃん
鞠ちゃんは、自分が孤立するタイプだと分かってるから、制服もちゃんと揃えて、仲間ですよとアピールを忘れなかったんだけど、常子は今まで孤立したことがなかったから、一人だけ違う制服が与える印象について考えたことなかったんだなあ #とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん 常子はメンタリティとして「父」でありたいから、多分「学校でうまくいかない」が言い出せないんじゃないかな…多くの父親たちが、労働現場での苦難を家庭では具体的に口にしないように。
今朝の「どぉ??したもんじゃろのぉ??」はどんぴしゃヒット。あまり深刻になりすぎたくないし、かと言って黙りこくっていると滅入ってきそうだし、ああいう間が抜けたひとりごとを言って気を晴らしたいよねぇ(私だけか?w) #とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん多感な時期は「皆との違い」が魅力にもなり得、虐めの対象にもなり得る。一方は華々しくみんなから尊敬を集める高嶺の花、一方はまとう制服の違う転校生。でも孤独であることに変わりないし、孤独が平気なんて口にする時点で虚言や威嚇だろうけど。父性を目指す常子へ、女の園の試練
自分はダメな所が多いので、ピエール瀧の仕出し弁当の大将に少しホッとする。ちゃんと仕事はしているものの、謝罪回りはへそを曲げて(怒り口実に)部下に任せてしまうだらしない感じがリアル。大女将が「行ってもらっている」と表現する科白がいい。この場合は俺もこう言うと思った。#とと姉ちゃん
浜松編の理想的な美しい家族描写は正直鼻白むところもあったのだけど、それが東京下町編でひっくり返っているのでドラマ制作者の掌中でゴロゴロされている感じ。お嬢さん育ち母の「仕事使えない」感じも、口は乱暴だけど勤勉な仕出し弁当屋の一家もともにコミカルでほほえましく愛しい。#とと姉ちゃん
常子がクラスでいきなり弾かれた件、 #とと姉ちゃん TL、「大した理由もなくいきなり全員あんなの、あり得ない」と「ちょっと違うだけ、なんて些細なきっかけにみんな同調するのがリアル」とが拮抗してて面白い。何にしても自分が経験した/見聞きした環境パターンがすべてじゃないよね
#とと姉ちゃん 学校で酷い目にあっても持ちこたえ、つれないクラスメイトに勉強の教えを請い、やはりきちんと両親から愛情を受けて育った人の自己肯定感は強靭だ。
#とと姉ちゃん 最初の1週間だけでも、ととがどれだけ丁寧に娘たちに愛情を伝えたかきっちり描いたから、常子の強い自己肯定感に納得ができるんだなー。ほんと、親が子供に贈れる最上のものって、こうして人生の逆風で足を踏ん張れるメンタルだなぁって思うよ。
RTほんとにそうだねえ。でも常子、一番になったら潔白は証明できたとしてもいじめの解決になるわけじゃないこと、むしろ、同調圧力に抵抗する人間としてさらに反発されるかも…な可能性に全然思い至ってないのが、彼女のまっすぐさで、そのまっすぐさがなんか切なくもあるわー。#とと姉ちゃん
浜松では人気者だったのに深川では最初っからハブられて何でも悪くとられる。って描写に、「いじめに本人の責任なんて全然なくて、やってるほう(見ぬふりの者も含む)は軽い気持ちで、自分たちの圧がどれだけ相手を傷つけてるか想像もしてないんだよね」って脚本家のスタンスを感じる #とと姉ちゃん
玉置三兄弟は、真正面からヤな奴ら。女学生たちは、集団の中に紛れ匿名の顔して、自分のちょっとした陰口や振舞が束になることで相手をどれだけ追いつめるか想像もしてない。「世間」を踏み込んで描くなあー、こういう経験も「暮らしの手帖」につながってくのか #とと姉ちゃん
それにしても、常子は「私は #とと姉ちゃん なんだから、強くなくちゃ」的な思考で一人で解決しようとしてるけど、それはこの作品のスタンスに反する。母と妹たちが知らないままでこのエピが終わるとは考えにくいな。ひと目で制服の違いを重要視した滝子から小橋家に伝わるか…
#とと姉ちゃん TLで、「制服違うみたいなことから始まる。いじめは実際こういうもの」というツイを幾つも見るにつけ、今もそんなめにあってる人、特に子どもがいるのかと思うと胸が痛む。第三者が納得できる理由があろうとなかろうと、当人にとっては理不尽でつらいことだよね。
うーん、納得の顛末! 急に分かり合えなくてもいい(分かり合えない人がいてもいい)、できることを一生懸命やって少しずつ少しずつ、認めてほしい人に認めてもらう。分かり合いたい人に歩み寄っていく。「こうありたい自分」を大事に、日陰でも堂々と。#とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん TLで、昨日も「愛されて育った常子の自己肯定力の高さ」の話が出てたけど、君子や常子が努力できるのもホームベースがしっかりしてるからだよね。愛する家族がいつも(今は狭い部屋でw)近くにいて、家族もまたがんばってる姿を日々見ているから。力を与えあってる。#とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん もしものときの証明のためにわざと作った空欄で、中田さんの答案もまた「贋物」になったんだなあ。彼女が自分でそうした。本物じゃなくても、何かが足りないものでも、大切な思いが詰まってる。そして予告、女学生ではない富江が制服を着てる。
クラスメートが謝って改心したりやりこめられたりしないのが、ドラマ的にスカッとはしないけど、作り手の思いのこもった問題解決の提示だなあ。「自分 対 敵」という図式にして悪意に立ち向かうんじゃなく、あくまで「自分本位の問題」として対峙する。自分がどうあるか、どうするか。#とと姉ちゃん
森田屋が常子達によくしてくれるようになったのは、君子の「できることだけでも一所懸命に」取り組む姿勢と、着実に「この職場で求められるスキル(森田屋ではスピード)」を身につけたからでしょうね。小橋母子が何も努力せず状況が好転したわけではない。#とと姉ちゃん
#とと姉ちゃん 手厳しい森田屋も、つらい学校も、祖母と母の不仲も、少し立ち止まったら少しずつ違う風景が見えてくる。「人生は思うほど悪いことばかりじゃないからね」ほんと優しい作品ですよ、毎週思ってるけど。
どうってことない出来事で溢れる日常がいったん戦争で全部奪われ、それが終わってから初めて「ヒロインの夢」が出てくるのかもなあ。常子、目標はあるけどやりたいことないからなあ。 #とと姉ちゃん
ふいー、昼の部の酔いも醒めてまいりました。#とと姉ちゃん は、基本的に常子の視点で描かれてるのではと思う。ととが理想の男性(欠点がない)に見えるのも、浜松がロー、深川がハイアングルに見えるのも、まだしっかり絡んでいない清や武蔵、富江の内面が見えてこないのも、常子視点だから。
綾以外のクラスメートたちも、常子視点では各人の個性が見えない状態だからああいう描写。集団の笠を着て悪意だけを向けてくる「束」だというのもあるし、まだ子どもだから交わりの少ない他者の人格を想像する力があまり備わっていないのだと思う。それは女学生たちも同じだろうけど。#とと姉ちゃん
仕事もするし、今後も常子はいろんな軋轢や理解に苦しむ経験をするだろう、その中でやがてうまくいかない相手の内面も描かれると思う。鉄郎や清や武蔵も関わりが深まるにつれ人格も描かれていくはず。君子もかなり奥深い造型だし(だから反発する視聴者もいるけど)その辺心配してない #とと姉ちゃん
今週の朝ドラTLは賛否拮抗といった感じでしたが私は楽しんでおります。
イケメン(トンチキイケメン含む)が足りない足りないと言われておりますが、イケメンに頼らず(或いは滝子や綾といったイケメン女子で)ちゃんと物語を紡いでるのは本作の矜持なんじゃないでしょうか。つまり、「日々の暮らしの中に宝石がある(たとえ自分を愛し大事にしてくれるイケメンがいなくても)」っていう話ですから。
エピソードが散発的で安易だという批判は疑問だな、かなり練られてると思いますけどね、なんといってもテーマがしっかり軸になっていてそこからぶれてないのが好きです。ユーモアや“こなれ感”がやや足りない傾向にありますけれども、私はとにかくこのドラマのテーマ(だと私が勝手に思っているもの)が好きなので、少々の不器用さは全然目をつぶれます。信頼できるドラマだなーという気持ちが日増しに高まってます。