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『真田丸』 第1話 「船出」

大河ドラマ

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連休中日の晩酌タイム、「リアルタイムで見る、見たいの、見せてください」と乞う私に不承不承といったていで頷いた夫(基本的に大河や時代劇に興味なし)が、始まった放送を見て「あ、子役じゃないんだ、なーんだ」と明るい声を出した。

わかる。大河の初回は子役ショーで、かわいい子どもの無邪気な所業に堪えて付き合わなきゃならない感覚。あるある。けっこうつらい。徳川から尻尾を巻いて逃げる堺さんはまるで古御門だったけど、堺さんだから全然いい。子役なしで始まる大河、賛成。子役でやって秀逸だった清盛や八重の初回はむしろ特別なケースなのだ。

信幸と信繁の兄弟が、タイプは全く異なれど、既に2人とも戦国の武士の子として優れた資質を持っているのがいい。理解力も行動力も責任感もある。母や姉を守るのは自分たちの役目だと知っている。父と子、兄弟が助け合って一族を守っていくのが唯一の生存戦略であると、本能的にも経験的にもわかっている戦国の武士の子。

大泉洋の信幸は真面目でかっこいい役だと聞いていたけど大歓迎。既に城の守りを任されるような立派な長男でありながら父や弟へのほのかなコンプレックスを持っている。けれど弟を庇うのも自分の役目だと思っている。将棋の定石を知り尽くしていて、定石でもってきちんと弟に勝てる兄。負けるくせにしゃあしゃあと「兄上の手は面白みがない」と文句を言い、ならば別の勝負でと持ちかける天真爛漫な弟。腹這いになって足ぷらぷらは、『風林火山』で若き日の晴信(亀ちゃん)を思い出した。

忍んで訪ねてきて昌幸の意に沿わないことを詫び、人質を免ずる証文を出す勝頼。弟は「もういない信玄に振り回されないで生き延びる道を行こう」と主君に果敢な≒無礼なことを持ちかける。並みのドラマなら、ここで兄は一言もないか、せいぜい「無礼であろう」と弟をたしなめるだけ。

けれどこのドラマの信幸は、弟を制したあと、勝頼が差し出した100人の護衛を勝頼に返すという「はなむけ」を申し出る。しかもそこに「お屋形さまは真田の旗印、お屋形様が生きてこそ我らも再起できるのだから」という理屈をつけ、さらにそれを叙情的にではなく「お屋形さまの守りを減らすのは我らの意に背きます」とあくまで理知的な言葉で述べる。よくできた、そしてかっこいい兄貴だ! 練られて抑制された良い脚本だ! それでいて、一生懸命述べた言葉が祖母には全然届かなかったりもするから、何だかかわいい兄貴なのだ。

優秀でかっこいい兄をして「器が大きすぎてわからなくなる」と言わしめる父、昌幸。獣皮を着てるのがいかにも真田昌幸のビジュアルだよね。家中での「安房守」呼称に大河ヲタが湧いた。威勢よく打って出て華々しく戦おうという小山田(くー、これが『風林火山』での田辺誠一の息子ですかい。あのドラマでは血のつながらない息子だったけど…)に、

「そのようなことでは活路は開けぬ。捨て鉢にならず最後まで策を尽くした者だけに活路はひらける」

というセリフがすごくよかった。誠意を尽くしたり唾を飛ばして熱弁したりすると不思議と活路がひらけていく大河とは一線を画するのだと信じています!!

「武田は滅びない」とためらいなく言い切った直後に「武田は滅びるぞ」。昌幸の二枚舌、タヌキぶりをわかりやすく面白く示した。ここでの大泉&堺のびっくり顔がいいw 

「よいか、源三郎、源次郎。これは我が真田家にとって未曽有の危機。ひとつ打つ手を誤れば真田は亡びる。この苦難、われら一丸となってどんなことでもこれを乗り切る。心しておけ」

父の力のこもった言葉を息子たちは肝に銘じる。「活路」発言に続いて、昌幸という人物の芯を表すセリフ。勝頼の前で、あるいは穴山梅雪に求められれば眉ひとつ動かさず大言壮語したり嘘をついたりもするけれども、それらはすべて「一族の生存のため」であり、こうやって彼は戦国乱世を生き延びてゆくのだと納得がいく。当たり前に妻子が人質にとられる時代。裏切れば女子どもであろうと磔にされて「仕方なかろう」な時代である。

武田の危機は、すなわち真田の危機。つまり、穴山も小山田も、それぞれに「自分たち一族の危機」であり、生き延びるための道をなりふりかまわず模索しなければならない。その道のひとつが「裏切り」という形になって表れる。清廉潔白、高潔な顔をした穴山も、いかにも小物じみたキャラで下手な芝居をする小山田も、誰もかれもが己と一族の生存を優先せざるを得ない。それが戦国乱世だとわかっているから勝頼は耐える。愚かで短慮な当主ではない(泣ける)。むしろ賢くて優しい(泣ける)。ただ傑物になれなかった。うねりながら進む歴史の奔流を止めることができなかった。

平岳大の勝頼が一話目にしてこれほどの爪痕を残すとは! 気高い落魄の貴公子。いくつもの裏切りに堪え、それでも家臣たちを信じてその言葉に従い、自らが意に沿えなかった家臣には去りゆくことを許す。この美しく悲しい滅びを目の当たりにするのが真田兄弟の原体験になるのだな。

私は今でこそ「好きな歴史上の人物」みたいなキャラ萌えって特にないんだけど、もともとはちゃおで連載されていた『おんな風林火山』という少女漫画にハマって、その2年後くらいに放送された大河「武田信玄」で完全に歴史沼に落ちた経歴(?)がある。しばらく視聴していなかった大河ドラマに戻ってきたのも『風林火山』からだ。やっぱり武田には思い入れがあるんだろうなーと今回あらためて思った。BS組が勝頼の魅力をツイートするのを見て、それだけで平静でいられない心持ちだったもん(笑)。

平さんは来週も出番があるということで、自刃まできっちりやるんでしょうね。ああ、つらい。でもうれしい。何だこの気持ち(笑)。

女性陣は現代語に近いセリフでやるみたい。でも、戦国の世界観がかっちり築かれているので気にならないかも。楽しい新婚生活を中断されてふくれ顔でも、お上や父の言いつけにしたがってしっかり歩く松(気のいいキャラの旦那さんもすごくよかった。彼が勝頼を締め出す役割になるなんて!!)。この、土の臭いのする生命力の強そうな一家の中に、公家出身で異なるメンタリティの薫がいるのも面白い。

新府城に火をつけて落ちのびる道中で兵たちに次々と逃げられ、家臣に木戸を閉じられ、静かに馬首を返して行き場もなく歩くしかない勝頼(ここでジタバタしないのはこの物語上の必然でもあり、『武田信玄』で平岳さんの父・幹二朗が演じた武田信虎が取り乱した姿を対比して思い出してしまうのでもあった。こういうのも大河を長年見続ける面白さなのだ)。景勝(だんまり)、氏政(汁ごはん二度かけ)、家康(爪噛み)、そして信長(癇癪)。武田を取り巻く強力な大名たちが「その人物らしく」紹介されるカット。

そのあとに、小さな隊列を、武士ですらない、くたびれた格好の者たちになけなしの武器で襲われる真田の一行。大名から一武将、百姓に至るまで、「食うか食われるか」の戦国時代の戦闘模様である。大義とか、領土拡大とか、欲得のために戦うのではない。食べるため、生きるために戦わざるを得ないのだ。ナレーションを聞いて、

「本当に、なんという大きな海原に、小さな船でこぎだしていくんだろう。どれだけ無数の大波に翻弄されていくのだろう。なんという物語が始まってしまったんだろう、ああ!」

と胸が熱くなって思わず涙が出そうになっちゃった(飲みながら見てたしね(笑))。ドラマを見終えて最初のツイートに泣きの顔文字を入れちゃったのは本当に心で泣いてたからなのだー。

日曜8時のテレビに戦国の世界があって歴史がうねり、その中を登場人物たちが生きていく。そんな一年が始まったのだ、ついに!! 

できればネタバレは避けたいのでドラマストーリーなどは読まないようにしてるんだけど、堺さんがインタビューで「信繁は戦国の実務家」と語っていたことにすごく期待してる。ずっと、実務のある大河ドラマが見たかった。実務を積み重ねることで人物も世界観もより「身体性」を増す。そしてドラマ性もより強度を増すと思う。

 

 

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