『神の守り人』(上・下) 上橋菜穂子
- 作者: 上橋菜穂子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/07/28
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この神を身に宿すことになる少女と、なすすべなくそれを見るしかない兄の兄妹の描写に胸がしめつけられる。ほんのしばらく前まで、恵まれているとは言い難くても、両親とともにささやかな暮らしを営んでいた彼らは、父を失くし、それから禁忌の神に少しずつ魅入られ壊れてゆく母に不安を抱きながらも母に庇護されるしかなく、やがて母が処刑された瞬間からおそろしい日々を余儀なくされる。
自分の力で生きていくには幼い過ぎる子どもたちが、急に寄る辺ない環境に陥り危険な目に遭う姿はもちろん痛ましい。そこには「母による呪い」のような一因があるからさらに読んでいてつらい。この呪いは大きく考えれば「避けられない運命」でもあり、母自身も被害者なのだが、それにしても子どもたちに負の遺産を遺して先に逝き、彼らを傷つけ続けるって、なんて悲しい話であることか。それでも少女は亡き母を懐かしく恋しく思うんである。
この兄妹の境遇が痛ましく、さだめが苛酷であればあるほど、主人公の女用心棒バルサの強さ、優しさが頼もしく、身に沁みる。バルサの幼なじみであり心の中では互いを大事に思っている間柄の薬草師タンダは、あまりに不吉な兄妹の様子に「かわいそうだけれど、あの子たちに関わるな」とバルサに釘を刺そうとする。本来、弱き者に手を差し伸べる性質は彼も同じだけれど、兄妹とバルサとを天秤にかけての発言。守りたいものがあるというのは、そういうことだ。
バルサは兄妹を見捨てない。それは彼女の強さがあってこそなし得ることなんだけれど、彼女が身一つで生きていることの証左でもある。命のやりとりの挙句に奪わなければならない生き方をするしかなく、安寧な人生などあきらめきってしまっている彼女の深い哀しみが、弱き者をためらわず助けさせるのである。
こう書くと悲しみでしかない構図なんだけど、実際のバルサの戦いぶりはひたすらにかっこよく、頼もしい。短槍使いの熟練、敵と相対する賢く老獪な手管、「他人をあっさり見捨てる奴は、自分も他人からあっさり見捨てられるからね」の名言。人は傷つきながら、戦いながら強く優しくなっていくんだと思う。
兄妹の身の上にしろ、黒幕の行方にしろ、物語の舞台となったロタ王国の今後にしろ、「保留」の多いラストも、これしかない、と思わせる十分に満足いくものだった。一応、各作ごとに完結するけれども、シリーズのクライマックスに多少つながっていったりもするのだろうか。次作が早く読みたい!! 友よ頼む〜(貸してもらって読んでいる)。それともブックオフに走ろうか。
シリーズ各作そうだけど、この異世界ファンタジーは何から何まで作者が定義し命名して成り立っていて、その固有名詞が本当に「それらしく」てすばらしい。おそろしい神の名はタルハマヤ、タルハマヤを身に宿すことになる少女はアスラ、実力抜きんでた女呪術師はシハナ、王とその弟はヨーサムとイーハン。タルハマヤの末裔であり現在のロタ王国にあって日陰の民族なのは「タル」人、タルハマヤの復活を防ぐための「陰の司祭」はタル・クマーダ。こういうのがいちいちピシッとハマッているから物語に没入できるんである。