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『日本の民俗 暮らしと生業』 芳賀日出男

正月、盆行事、人生儀礼、親族集団、稲作、漁村、巫女、人形まわし、市など、十数章に分けて、昭和の「暮らし」と「生業」を記録した本。短い文章と豊富な写真。昭和20年〜30年代の取材写真が多く、40年、50年代、まれに平成ひとケタ台も。写真にはすべて説明文がつけられ、そのほかにも当時の伝承や習俗が簡潔な文章で多く収められている。民俗モノ好きには、たまらん本!

私は昭和53年生まれだが、こうして見ると、正月行事の写真や言葉でなじみのあるのは「鏡餅」「しめかざり」「門松」くらいのものだ。「節木」も「拝み松」も「鏡花」も、「豆占」も「粥占」も知らない。聞いたこともなかった。たかだか50年くらいで斯くも多くの習俗が失われていったものよと震撼する。でも、農村や漁村といった地域での写真が主なので、たとえば昭和30年代であっても、都市部だとか、炭鉱だとかでは、こんなふうに伝承の行事を営む暮らしはしていなかったのだろうな。

巻末のコラム集(これがまた面白い!)に、正月について、年始のレジャーのための休みのようになってしまったのは、昭和25年、「年齢のとなえ方に関する法律」によって、人それぞれの誕生日で「満」で数えることになったのが契機ではないかというようなことが書いてあった。

昔、年齢を「数え」でとなえていたことは今も知られているが、それぞれの誕生日ではなく、正月に一斉に年を取っていたとはあまり知られていない。私の夫も知らなかった。私も、知識では知っていたけれども、

元日は人々の年が増え、長寿を祝う日。昨日生まれたばかりの赤子も2歳になり、家族中がいっしょに年を取るという喜びは、興奮に近いものだった

というような感覚は知る由もない。昔は、正月は「年神から年の恵みをいただく日」だったのだ。日本には八百万の神がいて、山の神やら川の神、竈の神などなど引きも切らないと知ってはいても、「年神」という正月の神の存在は初めて知った。確かに、比べると迎え盆、送り盆、精霊流しのような盆行事の方が残っているようなのは、年齢の数え方が変わって、年神の影が薄くなり、正月の意味合いが伝承されなくなったからかもしれない。

稲の刈り取り後、翌期のための田んぼの「荒起こし」。深い湿田の多い奄美諸島では腹までつかって鋤で深耕する。田植えを終えた早乙女たちが川に腰までつかって泥を落としている写真もすごい。

海女の章も圧倒的。「貝金」(貝を剥がす道具、鉄製のへら)を後ろ腰にさし、「はちこ」(海底まで素早く沈むための4,5キロの鉛の重り)を巻いた海女の裸身には息をのむしかない。


(前からの写真を載せるのはさすがに気が引けるので背中を・・・・)

「運ぶ」の章、日本でも昔は水桶や燃料を頭に乗せて運んでいた。屏風や格子戸を背中にくくりつけて行商する姿も、今ではまず見られないものだ。

知らないことはまだまだたくさんある・・・。括目しまくった一冊。