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『問題のあるレストラン』 第3話

ドラマ

3話でピタッとハマりました、このドラマ、私の中で。きたきたきたー!て感じ。

ネットカフェの個室に入ったパーカーちゃんこと千佳ちゃんが、ゲーム世界で必死に人探しをして、やっと見つけたその人に「ママ」と話しかけ、「千佳?」の一言で初めて見せる笑顔に、ギューッときた。ほどけるような笑顔。

松岡茉優ってポスト貫地谷しほり的なポジションに入るのかなと勝手に思ってきたけど、ちょっと違うね。と勝手に思った。むしろ満島ひかり? いや、あそこまで先鋭的でもなく。うーんどんな路線を切り開いていくか楽しみ。

千佳。たま子たちの前ではいっさい口を聞かず閉じこもってたのに、ネットカフェの友だちやゲームの中では「ただいま」も「ごめんなさい」も「ありがとう」も言えるのが切ない。そういうとこに、この子のリアリティがあるんだよね。もともとはよく喋る子で明るくて学校も楽しくて、けれど引きこもりの母親に食べさせるために、ジャポニカ(?)学習帳にごはんの炊き方を書いて、料理して、片づけて・・・・ってしてきた子。

その母親が堀内敬子ってのも何か逆に怖かったよー。いかにも毒母っぽいキャスティングじゃないとこが。前の夫に、離婚してからの自分たちの生活をぶちまける母。これは聞きようによっては病んだ母を支えた娘の「美談」なんだけど、その美談は当の娘を何ひとつ救いはしないのな。母は娘に謝りもしないし彼女の暮らしに思いを致すこともない。新しい相手の子どもを授かってて、身ぎれいにしてるとこ見るとマトモな再婚なのかもしれんけど、この人ほんとに大丈夫なのかなって感じもする。

で、「ママ、おめでとう」と言う千佳の表情が本当に優しいんだよ。自分のつらさを少しも見せない。父親のことは殺そうとしても、父親と同じく自分を捨てた母親にはわずかな憎しみすら抱いていない千佳がすごく悲しい。再会当初は一緒に暮らしたいとさえ思ってた。引きこもる母親のために家事をし続ける千佳は母親の母親・・・大人にならなければならなかったけれど、庇護されるべき時代にそれがかなわなかった欠落を抱え続けてる。今でも、大好きな母親に抱かれ守られ愛されたい思いでいっぱい。だけど大好きな母親を困らせたくないから自分の思いは口にできない。ここでネットカフェ仲間に送られるメール「私の孤独が完成しました」の威力がすごい。

鏡子が作った料理を食べて、フォークを凶器に父親を傷つけようとし、門司が作った料理を食べて、ビストロフーの従業員たちを盛大にdisる。泣きながら料理を作ってきた千佳は、他人が作った美味しい料理で怒りと攻撃のスイッチが入る。どんなにおいしい料理を作っても作っても千佳の日々は暗黒だった、「美味しいもので人は救われる」だなんて紋切り型は、この子には通用しないし、むしろ神経を逆なでされるだけなのだ。

(ここで、「料理に心なんていらない」な門司の料理でも、ちゃんと千佳にスイッチが入ったのは示唆的だなあと思う)。

「それでも、ここだってレストランなんだから作って!」というたま子の言葉が響いたのにも納得。孤独で、ボロボロで、何にも救い何て見いだせない状況で、だけどとりあえず料理を待っている人がいるならば作るしかない。見知らぬ客でもしょうもないレストランでもいけ好かない従業員たちでも、「ごはんを作れる場所」だけに、辛うじて存在意義のかけらがあった。

ここで、千佳に懇願するたま子の演技に、ふだん明るく楽しくみんなを引っ張っているようでも、実は憤懣抱えてギリギリのところでやってるんだ、って感じが出ててすごく良かった。食べるのも作るのも働くのも大好きでも、たま子は陽性の女じゃない。真木よう子はミスマッチなようでやっぱりベストなキャスティングなのかなって思えた。たま子(を始めとするビストロフーの女たち)のギリギリさと、千佳のギリギリさが、引き合ったのだ。

と、シリアスなとこは痛々しさ満点なのだけど、おかしくてテンポよくもあって、それが「バランスがいい」というとちょっと違うんだよな。見やすくするためにコメディ入れてるっていうよりは、コメディ(一見コメディっぽい)場面でもなにげにイタい描写とかあったりして、全部あわせて成り立ってるドラマだなあと思う。17人の客を帰したあとのヤスケンの疲れ顔がサイコーだった!w

あと今回、杉本哲太演じる雨木社長とか、東出の門司くんとか、「悪役」の男たちも全然幸せそうじゃないんだなってのがますますハッキリしてきて面白くなってきた。何かと挌闘しようとはしてる門司くんはともかく、雨木社長の終わってる感すごい。男をdisって、あるいはぎゃふんと言わせて溜飲さげるだけのドラマでも、美味しいものでみんなを幸せにするぞー!なほっこりドラマでもないんだよね。坂元裕二がわざわざそれだけのもの書くわけないもんね。