『絵本の力』  松居直・柳田邦男・河合隼雄

 

絵本の力

絵本の力

 

 

「どんぐり文庫」でお借りした。臨床心理学者の河合隼雄、ノンフィクション作家の柳田邦男、そして福音館書店黎明期の編集長、松居直が、セミナーでそれぞれ講演し、また鼎談したものを書籍化したもの。

しっかりした紙に大きな活字で書いてある。さらさらと読めて、とても深い。一度、通して読んだあと、付箋をつけながらもう一度読んだら、厳選したつもりなのに付箋だらけになった。

子ども向けの絵本の編集者という、戦後の日本における新しい仕事に就くまでの松居直の来歴。戦前、イラストレーターの描く絵や、北原白秋・西條八十などの童謡に親しんで育ち、市電に乗るのを楽しみに父と行った美術館で上村松園や竹内栖鳳の絵の美しさに惹かれた。戦争中は中学生で、近松や西鶴を読んでいた。また、井上頼寿という民俗学者が中学時代の歴史の先生で、源氏物語絵巻や信貴山縁起絵巻などを見、山村や農村の年中行事や民間信仰のフィールドワークにもついていった。岩波文庫で日本の古典もかたっぱしから読んだ。

大学生になってからは西洋美術とアメリカ史に興味を持ち、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』で絵本のバックグラウンドにあるアメリカ史に感銘を受ける。絵本の編集者になってからは、一冊一冊の本を、その本ができた時代と照らし合わせ、その作家の全作品を通じて作家像を見るということをしながら、研究していった。

これだけの知識と教養に裏打ちされ、情熱をもって、戦後、日本の絵本に新しい地平がひらかれていったのだなあと感服。そして、彼が語る「絵本の力」はものすごく明快で的確で、「読み聞かせ」や「語り聞かせ」の大切さについても、心の底から腑に落ちた。

絵本の絵は静止画だが、子どもは自分で生き生きと動く絵本の世界を作っていく。それを可能にするのが良い絵本である。大人に読んでもらって、文章を耳から聞きながら、絵を読む。そうすることで、まったく同時に2つの言葉の世界を読み取り、子どもは自分の中に物語の世界をつくる(自分で読むと、どうしても絵と文章とにタイムラグができる=“同時に”読めない。だから、読んでもらうことが重要)。

「絵本そのものは手がかりであって、子どもが自分でつくる世界がほんとうの絵本、それこそが絵本体験なのです」


「子どものうちに言葉の体験をたくさんすること。機械から出て来る音を体験するのではなく、人間が向き合う中で、声でちゃんと語られる体験が大事。語る人と聞く人、人と人が共に居る体験として絵本を読んでやってほしい。
耳からちゃんと言葉を聞いて、言葉の世界に自由自在に入り込んでいく、そういう力を持っている子どもが文字を読むという技術をマスターすると読書ができる。今は文字を読む技術だけを教えるんです。だから読書ができない。」(要約)


人が読書をできるようになるまでのことが、短い文章で強い説得力をもって書かれていた。松居さんもやはり、「早くから文字を読むことにはあまり賛成ではない」と書いている。そういえば、私も、かなり小さいころから自分で絵本を読んでいたけど、そうなる前には親にたくさん読んでもらったのだと思う。保育園でも。

 

年若い息子に先立たれた痛切から絵本を手に取るようになった、という柳田邦男。

「生と死」を深く表現できる媒体としての絵本への言及。聖路加国際病院の小児科医、細谷亮太のエッセー集『いのちを見つめて』からのエピソード、急性脳症で旅立とうとしている幼い弟を見送るために、細谷がスーザン・バーレイの絵本『わすれられないおくりもの』を読み聞かせる話を、私は忘れないと思う。「絵本は、簡潔にしてもっとも心の奥底にひびく形で、いのちの在り処を表現するジャンルとして現代的な意味を持っている」。

本書後半の3人の鼎談では、臨床心理学者の河合も加わって「絵本は心の深層を表現する」と語っている。「魂の現実がいちばん表現しやすい媒体かもしれない」。死のようなあまりに重い体験も、ノンフィクションの記録ではなく、クリエイティブな表現というろ過装置を通じて絵本にすると、より一般性、普遍性をもって共有できる、と。

「絵本にはある種の結晶作用みたいなものが残る」という松居の言はよくわかる。夏休みに『絵本ミュージアム』で古今東西のロングセラー絵本を次々に読んでいて、「絵本なのに、こんなに短くて子ども向けなのに、どうしてこんなに胸がしめつけられたり、ワクワクしたり、ホッとしたりするのだろう?」と思ったものだけれど、「絵本だからこそ」そんなふうに感じたのだと思う。結晶に触れたから。

今の自分にしっくりくる絵本を読んで、喜んだり悲しんだりして感情を動かすことは、大人にとっても精神にすごく良い作用なんじゃないかと思う。忙しくてなかなか本は読めない、美術館に行く時間もないしギャラリーは敷居が高く感じる、映画だって2時間かかるし・・・そんな人でも絵本は気軽に手に取れる。「泣ける本」と喧伝されるものもいろいろあるけれど、表面的なものではなく、心の深いところまで届く絵本はたくさんある。子どもが5歳になった今、「絵本の力」の真髄に(やっと)触れ始めている気がする。


同じ時代に共に仕事もしていただろう石井桃子さんの『子どもの図書館』もすごく面白かった。

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