読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『経世済民の男』 第2部 「小林一三」

ドラマ

堪能! 阿部サダヲワールドであり、森下佳子ワールドであり、音楽の金子隆博ワールドでありそして、演出の梛川善郎ワールドだった。へぇ、梛川さんて、『純と愛』と『銀二貫』もチーフ演出だったのか。

親と早くに死別しているがお金に困ったことはないお坊ちゃん。大銀行の行員だが小説に傾倒して仕事中も原稿用紙を広げていたりする。理想の面立ちをもった芸者に一目ぼれして口説くも、転勤になればあっさり別の女を妻にして帰ってくる。調子よく元カノと温泉旅行して帰ると妻に逃げられていて、結局芸者と再婚。その後、東京の監査室に左遷になったり、北浜銀行に転職しそこなったりして運が傾くと、結婚するときに「私を妻にした人は出世するいう預言がある」と言っていた妻に、「あれ嘘だったんじゃないの~」とグチグチ。まったく、血の通ったダメ男を書かせることについて、森下女史は他の追随を許さないもんがある!

なんたって、気管支を患う息子を看病しながら厳しい家計をやりくりして食卓を整える妻に背を向けて足の爪いじりながら、「あれは色街の知恵でしたか」ですよ。ひどすぎる!! 主人公にこんなセリフまでも言わせながら、総合的には愛すべき男に仕立てていくのが森下佳子の脚本の真骨頂だ。

赴任してきた新支店長、岩下清周の熱は、やがて支店全体を巻き込む。「この国を一等国にするのが岩下の夢だ。“その影に岩下あり”と言わせることだ」 一人称が「岩下」なのがすごいアクセントになっている、奥田瑛二が演じる岩下。『天皇の料理番』でいうところの小林薫のように、主人公の生涯に大きな影響を与える圧倒的な存在。違うのは、途上で夢破れて職も名声も失うこと。一三はその志を背負っていく。小林一三が既にさほどの知名度ではない(関西圏では別かも)と思われる中、その小林一三の影に、さらに岩下という人物がいるのをアピールする描き方は面白いと思った。

岩下が逮捕されたことにより大株主を失った箕有鉄道の株を大量に買い取る小林。カバンを開き詰め込んだ札束を颯爽と披露して買い取った直後、会社で文字通り頭を抱えて唸っている姿が超ユーモラス。株券もすべて現物だからボリューミーで視覚的に迫力がある。毒食わば皿とでもいうように、灘鉄道までも買収して、まっすぐに線路を引き駅を少なくしてスピード輸送を試みる。ここらへんの演出自体にスピード感があって、その前の株買取→苦悩と合わせた緩急が見ていて実に楽しい。

沿線に住宅を作って賦払で売る、という、現代では当然のビジネスモデルが誕生する瞬間を見る。こういうのが歴史ドラマの醍醐味。続いて、動物園やらプールやら少女歌劇団やらの素っ頓狂なアイデアも形になる。プールの映像もユーモラスでしたね。それらが特効薬になるわけではなく「対症療法」と言い切るナレーションもいい。はじめは、妻のコウが爪に火を灯すように貯めていた「貯金ダルマ」だったのが、みるみる「借金ダルマ」になって、かわいいようなグロテスクなような姿で一三の行く先々に姿を表す。それでもそれは、「あいつの事業には人の息遣いがある」と岩下に希望を託される事業展開だった。

やがて戦時下で商工大臣をつとめる小林。企画院の革新官僚との対立。こ、これ、白スーツの革新官僚のモデルってもしや、岸さんですか・・・(少々震えながら)。エンドロール見ても「企画院官僚」だけで名前つけられてなかったけど、見る人が見れば一発でわかるってやつで・・・。いやぁフィクションってすばらしい。スタッフも肚すわっててえらい。

「人間の本性は我欲だよ。給料を上げたい、子どもを学校にあげてやりたい、社会で認められたい、だから一生懸命働く。そんなちっぽけで切実な希望からしか、活力は湧いてこないんだ!」

これは実際の小林一三の信念から作られたセリフらしいが、見ていてビビッと「これがこのドラマの核なんだ!」と直感的に確信できる演出、脚本、そして阿部サダヲの歯切れ良く熱のこもった芝居がすばらしい。

しかもそれに対して、企画院官僚が「だからその欲すら勝つためには管理統制しなければならないのだ。あなたがた資本家は欲望を煽り暴利を搾取して懐を暖め、聖戦のために資本を供する高邁な精神など微塵もない。我々を絶望させるのは俗悪な資本家だ」とかなんとか顔色ひとつ変えず反論するのが、そこらの頭悪い大河とは一線を画するのだった。

軍の指令を受けて動く企画院の革新官僚という存在。そこで策定された統制体制。資本と経営を分離し、資本は国家が管理して経営も政府がみる。これをわかりやすく印象づける演出で盛り込んだのはこのドラマの一事績じゃないかと思う。戦争にはそういう側面があるのだと。

大東駿介くんが『平清盛』『夫婦善哉』に続き、またいい演技を見せてくれた。線が太い感じの役者でもないけど、時代物がよく似合う。頭をぶれさせずまっすぐにセリフが言える役者を育てるのは、やっぱり舞台なのか。まだ29才なんだね。いい意味で大人っぽい!!

長男、冨佐雄を演じたのは、ミュージカル界のプリンス井上芳雄か。初めて拝見。舞台ではおそらく観客の目を集める華やかな存在なのだろうが、ここでは抑制した芝居で印象づけた。聡明で外国暮らしの経験もあり、父の跡継ぎとして申し分なかっただろう長男が、父より先に病に倒れる。身を投げうって働く父の胸にある「約束」について病床で尋ね、回答を聞いた息子は、「僕も働きたいです。父さんのように80までも」とメモに書いて見せる。ぶ厚く巻かれた包帯の下は病魔に冒され、もう声を発することができない。

ナレーションをつとめる主人公の息子のほうが先に斃れるなどどうして考えられるだろうか? 顔に包帯を巻いての筆談といい、なかなか衝撃的だった。「おまえが治るまでは、僕が働く」と言って、80を過ぎた一三は、社長である息子の代わりに東宝の忘年会で挨拶をする。一等国になるためには全員が働かなければならない、という、現代に聞くとちょっと「ひぃっ」となる言葉をにこやかに述べる小林。

「働くというのはね、本来、楽しいことなんですよ。夢を描いてね、知恵を絞り、努力する。その果てに笑ってくれる人がいる。その対価として報酬がある。これがね、楽しい。実に楽しい。自分の人生がここにあると感じることができる。

努力は絶対に報われなきゃなりません。報われるとうれしいでしょ。立場は変わったら報いようと思うでしょ。

そういう循環をもつ社会は、頼もしいことになると思うんです。皆さん方は知らないでしょうね。働いても働いても報われない、そんな時代が長く続いたんです。ですがみなさんは、とにもかくにも生き抜いてここにいる。ここにいることができる。

きっと遠くない未来、この国は頼りがいのある国になります。働くことが得であり、物心両面で報われる国になります。みなさんなら必ずできる」


阿部サダヲの、「確かに老小林翁がそこにいる」という感の長いスピーチに聞き入らせてもらった。

これもおそらく実際にスピーチの内容が残っていたのを元にしただろうが、戦後をなんとか脱出し、高度経済成長期を迎えようとするころの日本の状況がよく表れていて、かつ、このドラマの内容ともよく合っていて含蓄があって、しみじみしてしまった。こうやって、戦前戦中を過ごして戦後の日本に寄与した人々がいるのだなあと思った。「働くことは楽しい、努力することで報われる」なんて「きれいごと」が重みをもって響く。時代背景の乗った重みだ。これがドラマ、しかも歴史ドラマというものですよ!!

そして、様々な事業で人々の「我欲」を満足させ、敬意を払われる一三の影には、岩下や息子・富佐雄のように「働きたくても働けなかった」人、報われなかった人がいて、きっと無数にいるんだなと思わせる。彼らの悲痛を胸に働く小林は、80を過ぎてなお借金ダルマ。一三本人がまず報われてないんじゃ?って気もしちゃうけど、老いて足をふらつかせる借金ダルマに手を貸してやりながら共に歩くショットになんか熱くなった。哀れさもあるけど、ユーモラスで、じんわり感動的な演出だった。描きたいことも、その手法も、すごく面白いドラマだと思った。

成功者を人間くさく書くことや、成功者の影に「敗れた者」がいること、その思いを成功者が背負うことで両者が同じ舟に乗って進んでいるということ。・・・を描いたという面では、森下女史の前作『天皇の料理番』と同じ。演出はずいぶん違った。面白かった。

瀧本美織ちゃんのヒロイン良かったー。阿部サダヲと夫婦で違和感なかった。面立ちが時代劇に向いているのかも。結婚してからはあまりホイホイ笑わない役なんだけど、だからこそ時々見せる笑顔が本当に綺麗で。「一三が沿線住宅賦払販売」なんかを思いついちゃうのがよくわかる、空と緑の中での「こんなところに住めたらよろしいやろなあ」の笑顔だった。大胆な老けメイクにも感嘆。これからも息長くがんばってほしい! 良いドラマに起用されてほしい!

夫婦善哉』の経験と教訓を生かして作ったとしたら、すばらしい出来だったんじゃないだろうか。金子さんの音楽もすごく効果的に使ってあった。近現代に功績ある人物の一代記という「歴史もの」ジャンルなのに、借金ダルマのようなファンタジー演出も効いていたし、宝塚レビューもよかった。

そしてなんといっても阿部サダヲのけん引力だ!! 上手いことはもちろん知っていたが、こんなにも魅力的な役者なのだとあらためて驚かされる思い。小心な夢追い人、神経細やかに大きなリスクをとる、冷めながら熱いというような二面性が矛盾なく人間らしく体現される。今「人間らしく」と書いたけど、すごく虚構っぽい、いい意味での「作り物」な芝居でもあるんだよね。うーんうまくいえない。トリックスター? とにかく魅力的。一言ひとこと、ちょっとの挙措からも目が離せない。序盤、瀧本美織とのラブシーンもなかなか色っぽかった。

エンディングの大階段芸(笑)、私ああいうの大好物! 最初、音楽に乗って微笑みながら、ステッキと体をほんの軽くしか動かさないんだけど、その余裕がもう「千両役者」って感じである。で、階段上のダルマにびっくりしたり、綺麗な娘役たちに誘われて相好を崩したりしながら、行きつ戻りつ、コミカルに階段を上ってゆく。カッコつけた仕草と、どーもどーもと低頭するような仕草を連続させながら、最後は上品に手を振り、笑顔で「ありがとうございました」でエンドである! このすてきなショーにスタンディングオベーションで喝采、すばらしい幸福感で終わらせてくれる。