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『きのう何食べた?』 10巻 よしながふみ

 

きのう何食べた?(10) (モーニング KC)

きのう何食べた?(10) (モーニング KC)

 

 

相変わらず、ちゃんと時間が流れてるなあ、と感心する。一年に一度出る新刊を読む1回目、「ああ、この一年、シロさんとケンジもいつもどおりにやってたんだなあ」と、変な話、安心する感じ。

前巻の終わりにシロさん母のがんが発覚したのもあって、ハードな巻になるのかなあと想像してたけど、全体の雰囲気はいつもどおりだった。がんが発覚したからといって即どうこうなるわけじゃなかったりするのが現代だ。そして家族の闘病には日常生活の算段が必要不可欠。妻の入院中、家に一人でいるシロさん父が、ページ最後のコマでよしながふみお得意の「くわっ!」て目を剥いて怒る表情になったからドキッとしたら、次のページで

「(煮物とか)作らんでいい! アジフライとか唐揚とか買ってきてくれ! レンジでチンする食い物って何もかもがぐんにゃりするんじゃよ! 何かパリッとしたいものが食いたい!」

だもんね(笑)。こういう「小さく鋭いリアリティ」を織りこむのがすごく上手なんだよな。

高齢の両親の病気や、それに伴って、実家へ顔を出して、何かと手伝いごとをする回数が増えること。事務所の志乃さんの婚約。孫が生まれた佳代子さんと会う機会が減ること(それを、“孫育ての幸福”な生活を送っている佳代子さんは何とも思っていないだろうことに気づくシロさん。それはまた、子どもとか孫とかには無縁な我が身をあらためて思う機会にもなる)。ケンジの薄毛の進行(笑)。

そんなふうに、時間は確実に流れているけれど、友だちのゲイカップル小日向さんたちとパンケーキパーティをしたり、相変わらず不倫している美容室のマスターの相談に乗ったりと、「いつもの日常」なひとコマもある。もちろん、シロさんの買い物&料理と、ケンジと2人での食卓も、毎日のこと。毎日の食事という生活の軸足がしっかりしていることで、誰の人生にもある「事情」や「多少ドラマチックな出来事」が、短い描写でもキリッと映える。

この11巻でそれがもっとも結実するのが最後の章で、女ボスである大先生から、自身の引退を見据えて事務所を差配していきたいからライフプランを教えてくれないか、と礼と理を尽くして聞かれたシロさんが、不意のことであわあわして「いや、結婚も独立も人生設計も、何も考えてなくて・・・」という場面、そしてそれを受けた大先生が、シロさんのことを「何よ、いい年してふわふわしちゃって! 若いバイトの子じゃないんだから!」とプリプリする場面。

シロさんが世間一般の「五十路の男」らしい返答ができないのは、パートナーが男性であることを職場で今もって隠しているからで、読者からしたら、「あの職場の面々は、カミングアウトしても偏見の目で見たりしないよ、シロさんとの信頼関係もちゃんとできてるし」って感じなんだけど、やっぱりそう単純に割り切れないのが当事者ってもんだなーと思うし、そんな事情を知らない大先生がプリプリするのもしょうがない話。大先生もまた年を重ねてゆく経営者としての“事情”を抱えているのだ。

傑作なのは、そうやってプリプリした大先生が、「ちくしょー、やっぱり頼れるのは自分だけなんだ!」という結論に達して、特上のうな重にお銚子までつける注文をして幕引きとなるところ。「事情」を共有できない、断絶といっていい事態を、シリアスに浸るのではなく、ユーモラスに描くところ。最高だなって思いました。

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