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『花燃ゆ』 第28話 「泣かない女」


 

ってことで、「新・花燃ゆ」の始まりだそうです。視聴率も評判も最悪なんで、あれこれテコ入れに忙しいようですが、そのすべてが「あー、さすがは、はなもゆさん・・・」って感じで惹かれるところはひとつもございません。「幕末男子の育て方」不発で「大奥で女の戦い」にシフトチェンジ。なりふりかまわず、という言葉がぴったりの迷走ぶりなのに、ポスターのキャッチコピーが「志、まげませぬ」って、何なんでしょうか(笑)。

「長州の失墜と亡国の危機はすべて久坂玄瑞の責任」というねつ造をベースにしている時点でワタクシ的には全く受け付けない物語になっているわけで(『八重の桜』後半の三大悪趣味のひとつ、川崎尚之助の「会津戦記」だって、それ自体を物語の中心に据えるほど図々しくはなかった)・・・

主人公がそれに乗っかって「夫の無念を晴らしたい」と言ったってハァ?てなもんだし、「そのために奥御殿でのし上がってみせます」なんて目標立てられた日には不快感しかありません。そーゆー、チープなストーリーのために久坂玄瑞を、ひいては歴史を利用すんなや!って話です。

なので主人公まわりにはひとカケラの好意も持たずに見ています、悪しからず。

開始早々、殿の正室・都美姫、その嫁である銀姫、総取締園山、意地悪な女中や綺麗どころを担う女中など、あらかたの人物が次々に出てきて勢ぞろいし、都美姫が奥の頂点の貫録を見せつける訓話を垂れて一同平伏ー!みたいな、「いかにも大奥」のテンプレが示される。「スピーディに、わかりやすく、目を惹くように」っていうだけの、志も何もあったもんじゃない手際の良さで白けます。

「奥御殿に入ったら皆さまにはお目にかかりません」的な覚悟を述べていた舌の根も乾かぬうちに、高杉に衣装を届ける役目をおおせつかって旅の空。奇兵隊の中に入って行き、ピンチを小田村に助けられ、高杉晋作と会って語り合う。ハイハイすべて少しでも視聴率を上げたいがための施策ですね。しっかし、歴史ドラマ以前に、これがエンターテイメントとして成り立つと思ってやってるんだからすごいよな。

武芸の心得があるとかいう女中、鞠さんでしたっけ? 彼女との道中で、「つながっていますよ。高杉さんたちとはずっと一緒でしたから」とかなんとか言う場面にのけぞりました。何このマウント女子! 「あたしはアンタたちみたいな、そこらの女中とは違うのよ」アピール。感じ悪すぎる。

心に傷を負った女が何もかもを捨て非情になって復讐に燃える、みたいなコンセプトのようだけど、実際は自分の過去を誇り、親族に助けられ、「俺たちが3人で見守っている」とか言われてポーッとなって、異国との講和という大事に際しても「私がお目見えになれるかどうか」なんて卑小なことしか考えてないわけですよね。

文ちゃん見てたら、そりゃこーゆー女だったら恥ずかしげもなくのし上がるだろうな、と思えます。ただし、のし上がっていく姿に感じるのは、カタルシスではなく、おぞましさであろうと思います

井上真央の、武家の女からはほど遠い「への字口」と、「男相手に自嘲気味な微笑みを浮かべながら自分語り」を見るたびに苛立ちを感じる自分がつらい・・・。

小田村との2人のシーン。高杉との2人のシーン。何の必然性もないのに主要男性キャストと絡ませては、視聴者を惹きつけて数字を稼ごうとしてるんですよね。後家といえども武家の女性がこんなに男と絡んでいたら、素行不良で野山獄に入れられてもおかしくないと思いますがね。

蛤御門の変のあとも、長州の正念場&怒涛の歴史はまだまだ続くわけですよ。伊藤&井上の帰国までの経緯とか、外国との講和だって、めちゃめちゃ面白いのにぞんざいすぎる扱い・・・。藩の高官である高杉小忠太が、御半下女中ふぜいに頭を下げるドラマですからね。高杉の英雄性も全然わかってないのだよね、この作り手は。藩からも仲間からも理解の遠く及ばないところにいる、毀誉褒貶定まらないハチャメチャっぷりを描いてこその高杉の凄さ面白さ。高杉こそが幕末長州の混乱を象徴する存在なのに、言わせることといやぁ「おまえが久坂に惚れてたのが気にくわない」云々なもんね。もう勝手にやってろ、です。

申し訳程度におヒガシさまの小五郎に川の下でほっかむりコスプレさせてたのはいいとして、なぜ一緒にいるのが辰路なんだよ、そしてなんだ、あのネズミ取り(笑)


退場してなお「長州の諸悪の根源」扱いされるというまさかの不遇な久坂玄瑞を演じた東出くんには、ファンタジー大河『守り人シリーズ』でタンダ役が用意されたようで。こんなエセ歴史ドラマより、ファンタジー大河のほうがよっぽど骨太な作品になるでしょうから、腐らず励んでいただきたいものです。