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『歌舞伎の中の日本』 松井今朝子

 

歌舞伎の中の日本 (NHKブックス)

歌舞伎の中の日本 (NHKブックス)

 

 

まずもって「はじめに」の文章がすばらしい! この本の目指すところがわずか3ページの簡潔さでピシャッと書いてある。なんせ冒頭が「坪内逍遥は歌舞伎を語ることについて『鵺のように不気味なほど難解』とかいったそうだけど、そうかしら?私は別の見方を提示しますよ」だもん。歴史に残る明治の文豪に一文目からケンカ売るあたり、さすが松井今朝子女史であるw

しかしそれは傲岸不遜ではなく、すぐさま直後に「別の見方」がバーンと示されるのであった。つまり、

歌舞伎はいちどきに創造されたものではなく、長い年月をかけてのレパートリーの中から残されたものを今、見ている。たとえるならそれは地層の断面図だ

 

ということ。底のほうには三葉虫が、その上にはアンモナイトがいて、さらに上には恐竜の骨が見える、というようなありさまなんですよ。と親切な例示までしてくれる。そういう視点で見れば、

現在見られる歌舞伎は時代の波に洗われて残ったもの、すなわち、あらゆる時代の多くの観客によって無意識のうちにセレクトされたのであり、そこにいわば大いなる民意の反映がある

 

歌舞伎を知ることは、私たち日本人を知ることにほかなりません

 

確かにそうだよな、と、前書きから顎がガクガクいうくらい頷きたくなる。ここで、「日本人は自国の文化に対してどこかひとごとになりがちで、「昔からあるんだから多分ありがたいんだろうな」のように感じている人が多いけど」と、サラリと棘を差し込むところも今朝子さんらしい。もちろん、その皮肉は「歌舞伎はまぎれもなく私たちの祖先が作り上げたものなんですよ!」という主旨につながる。

 

そんな導入を経ての本文では、地層を古い順から見ていくように、歌舞伎の有名な演目を、制作年代順に、当時の時代背景と合わせて紐解いていく。

 

ヒーロー像を見ていくだけでもなるほどと思わされる。華やかな元禄期には勧善懲悪のヒーロー「暫」が喝采を浴び、また髪型では光源氏もかくやというお坊ちゃん美男子が“身をやつす”のがミソの「廓文章」のような和事が好まれる。法規制が厳しくなり町人の生活が締め付けられてくる享保期になると、「夏祭浪花鑑」に代表される“侠客者”が大流行。これを日本の「我慢の美学」として高倉健のような任侠ものにリンクさせる説も面白かった。

続いて田沼時代の上方では、せりや回り舞台のような、世界的にも画期的な可動式舞台装置を生み出した天才演出家を擁して、「実は」「実は」の複雑なミステリーが展開される「楼門五三桐」のような“謀反人劇”が生み出され、幕末が近づくと、もはや侠客でも謀反人でもない、スケールの小さな小悪党たちが滅びの道へ向かう「三人吉三」などいわゆる“白浪物”が芝居の主役になる。この白浪物に「幕末版・俺たちに明日はない」とキャッチフレーズをつけるセンスが心憎いほどすばらしい。

 

「菅原伝授手習鑑」寺子屋の段など、歌舞伎に子どもが身代わりになって死んだり、悲劇的な子別れのある作品も多いことについて、「昔は生活苦や食糧難で子どもを堕ろしたり間引いたり、また病気などで子どもを死なせてしまった人が今とは比べ物にならないくらい多かった」という指摘には胸を衝かれた。


歌舞伎には『乳もらい』という演目もあったぐらいで、昔は母乳が出なければ人にもらうしかなく、それもできなければ死んでも仕方がないと思われていた。「自然に育つ者だけが育つといふ有様」だった時代と、少子化の現代とでは当然ながらずいぶん感覚が違うはずです。

 

(中略)


寺子屋』はかつて子どもを死なせてしまった人が非常にたくさんいたという時代の中で見られていたことを忘れてはいけません。子殺しの芝居には、その人たちの心に強く訴えかけるものがあったのです。仏が身代わりになるように、子どもが身代わりになってくれたおかげで自分が生きていられるのだという実感が、子どもを喪った人の心のどこかにあったのではないか。今ある自分は子どもが救ってくれたのかもしれないという観客の気持ちと重なることで、身代わり劇は非常に愛好されたのではないかと思えてきます。

 

私なんかは、悲しすぎるので『寺子屋』は見たくないと思うタイプなんだけど、現代も『寺子屋』が人気演目なのは、子を失う人が減った現代でもやはり親子の情、それゆえの悲しみに人は強く惹かれるということだろうか。

 

この本を読んでいると、「現代の歌舞伎には現代性が強く反映されている」ことに思い至る。古典にしろ新作にしろ、歌舞伎役者も興行主も、「今」支持されるものを上演しようとするし、実際にされているはずだ。誰かそっちの分析もしてくれないかな(自分じゃできないからさ)。

 

これからの歌舞伎を担うのは、海老蔵染五郎勘九郎猿之助になるわけだけど、新作という面で見たときに、若干、 “中2”色が強い作品に傾きつつある気がして軽く心配・・・(笑)。猿之助は持ち前の知性と怜悧さで、勘九郎は父親譲りの観客志向で、染五郎は天性の華で、そして海老蔵は王道を堂々と、21世紀の歌舞伎を切り開いていってほしいものです。

 

古今東西の歴史に通じ、また自然科学にまで造詣の深い著者の論の広がりは刺激的で、かつレーベルを意識して非常にわかりやすく書いてあるので、私のようなひよっこ歌舞伎ファンんもじゅうぶん楽しめる入門書だが、やはり著者の真骨頂は長年歌舞伎を研究し、台本まで書いていた歌舞伎への知識。本文中の写真や、江戸時代の書物の挿絵付での紹介も豊富で資料性もあり、巻末に45ページにわたって列挙される脚注と参考文献を眺めるだけでも勉強になる。