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『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』 上橋菜穂子

 

天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)

天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)

 

 
ついに、シリーズ第1作『精霊の守り人』以来に、バルサとチャグムとが共に旅を!! 

・・・と、感慨無量になりたいんだけど、風雲急を告げすぎてて浸れる余裕がない!! 早く行って~急いで行って~無事に行って~!

・・・と気が急いてならないとゆーのに、この2人、まずは隊商の護衛について渓谷を行くことに・・・。人数に紛れたほうが目立たないとはいえ、この期に及んで、隊商の事情とかどーでもいい!とも思えてじりじりしながら読み進んでいた不良読者のわたくしでありました。おっさん、気持ちはわかるが歴戦のつわものバルサ姐さんのいうことに間違いはないんだよ、荷のひとつやふたつ、とっとと捨てろよチャグムを逆恨みすんじゃねーよ、と。

ゆえに、ラスト近くでバルサがチャグムに言う


「みごとなホイ(捨て荷)だったね」

に、ズサササーッとひれ伏して、「すみませんでした私が浅はかでした」と陳謝しましたよね。さすがの優れた伏線の回収だったのですが、これがすばらしいカタルシスのあとにやってきたシーンだというのがまた、じんわりときて・・・。

『闇の守り人』のときといい、『虚空の旅人』のときといいアレだったんで、カンバル王ラダールにはイヤな予感しかしなかった。未だに家臣たちへのメンツを気にしたり優秀な従兄にジェラシーを感じたり・・・それどこじゃねーんだよ、南からはタルシュ帝国の軍が、異界からは山の王の婚礼が、今まさに迫らんとしているのだよ!! と、毒づきながら読んでいた不良読者のわたくしでありました(再)。ここでオメーのつまんないプライドのために挫折・沈滞するなんてありがちなめんどくさい展開、うんざりなんだよ!と。

よって、チャグムが、家臣たちも居並ぶ面前、ラダール王の前に膝まずき、同盟を請うて、あの困ったちゃん(ラダール王)が応じたのは、超カタルシスだったのと同時に、「ありがちな展開を想像してすんませんでした・・・・!」と私こそが膝まづきましたよね。

その膝まづきを英雄の知勇としてではなく、まず「大勢の前で膝を折って震えながら請うた恥ずかしさ」として描くのが作者の並々ならぬところ。チャグムの隠れたプライドを炙り出す。同じように、自分たちとは姿かたちも風習も違う「牧童」たちを、チャグムが「なんとなく薄気味悪く感じていた」気持ちを描写する場面も心に残った。チャグムのその気持ちは、牧童のおばさんが振り返って発したなにげない一言で氷解する。人間らしい本能や負の感情を描きながら、人はそれを乗り越えられると信じた筆致。

シリーズの完結編になるこの三部作において、異界「ナユグ」には春がくる。その温暖化によって、人間(やこの世の動植物)の世界「サグ」にも雪崩や洪水のおそれが出てくるのだが、「ナユグの春=ナユグの生物たちの婚礼の季節」との設定には脱帽するばかり。人間たちには多大な被害がもたらされる現象も、別の世界の秩序では自然な営み、むしろ命をつないでいくためのめでたい営みなのだと。

それを、若い主人公チャグムの成熟と並行して書いているのがまたすごい。作者はシリーズの進行とともに、チャグムの成熟や、「バルサとタンダが大人の関係であること」を着実に書き記していて、その筆致にもいちいち目が留まる(半分ゲス)。以下、抜き出し引用いろいろ。

●「外で待っていてください。手当が終わったら、声をかけますから」チャグムは赤くなって、立ち上がり、いわれるままに外に出た。

●「いとしい夕日に頬を撫でられて、老女の山が頬を染めている」「タンダが撫でたら、バルサも頬を染めるの?」

●(春を迎えようとしているナユグの輝きを目の当たりにして)タンダは、全身に、ふるえるようなよろこびを感じた。愛する女と向き合ったときのような、鼓動の高まりと、熱を。

●「変な感じって、どんな感じなんだね。寒気かい?」「いや、下腹がうずくみたいな感じ」思わず正直に答えてしまってから、チャグムは赤くなった。「なんでもない」バルサにいうには恥ずかしい気がする感覚だったので・・・

●「多くの精霊たちが、よろこびに身をふるわせて、婚礼の舞を舞っている・・・」

●「たくさんの精霊たちが、舞うように泳いでいます。その・・・」ちょっと口ごもってから、チャグムは赤くなりながら、早口で言った。「彼らは、つがっているように見えます」


生があり、死があり、成長していく者があれば老いてゆく者もある。心の成長や体の成長はやがて性の成熟にもつながる。それは時に恥ずかしく、時に艶めかしいものでもあるけれど、忌避すべきものでも弄ぶべきものでもなく、自然な営みなのだ。

久しぶりにチャグムと旅をするバルサが、彼の庇護者のようにふるまわず、その成長を自然に受け止め尊重している姿はすごいと思った。幼かったころから彼を愛おしく思っていればいるほど、なかなかできることじゃないと思う。・・・・というところで、ノンストップでシリーズ最終作に続きます!!