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長月の六 / 『切除されて』

●9月某日: サク、早起きして早速プラレール。夫と一緒に大作を作っていた。夫は午前中、ちょっと会社へ。またまた雨で、外で遊ばせるわけにもいかんので、私が後を引き継いでサクと遊ぶ。プラレールにブロックやらミニカーやらいろーんなおもちゃも投入されて、ちょっとしたワンダーランドになる。時折、サクがお絵かきモードに入ったすきに、手帳を書いたり、メールを返したり、ちょこちょこ自分の用事をすると、サクも心得たもので、「それおわったら また こっちにきてねー」とか、「これが できたら よぶからねー」とか言って、少しの猶予はくれるのである(笑)。

午後、雨もやみ、散歩を兼ねて図書館に本を返しに行って、そこでふと手に取った本が衝撃的で、パラパラと流し読みではあるが45分ほどかけて最後まで読んでしまった…。

1959年生まれのセネガル女性が書いた半生記、『切除されて』。

切除されて (ヴィレッジブックス N キ 2-1)

切除されて (ヴィレッジブックス N キ 2-1)

この日記読んでくれてる方々は、アフリカ、特に赤道付近の国々に「割礼」という儀礼があるのをご存知でしょうか? 性器に刃物を入れる通過儀礼です。国や地域によっていろいろと違いはあり、男と女では意味合いも違ったりして…この本では「女性器切除」の割礼を受けた女性が、その儀式に象徴されるアフリカ女性としての抑圧の半生を綴っています。

子どものうちに、剃刀やナイフで、女性の外性器を切除してしまうのです。それは、アフリカの多くの国々の伝統で、「出産のときに子どもがそこに触れると悪魔に憑りつかれる」などという言い伝えもあるそうです。現実的には、結婚まで処女性を保つためともいわれ、女性から性の悦びを奪うことで、不倫を防ぎ、男性のコントロール下におくためとも…。いずれにしても、伝統文化のひとつとして敬意を払うべき部分があるとしても(あるかな)、やはり恐ろしい話です。麻酔など使わず非衛生的な環境で行われることがほとんどで、施術の時に激痛が伴うのはもちろん、その後も長く、排泄でも、性交でも、そして出産でも、女性は痛い、苦しい思いをするのです。

割礼について、私は大学で「文化人類学概論」のような授業を受けたときに知ったんですけど、衝撃でしたよね、で、知ってはいたけれど、この本を読むと、本当に、さらにさらに・・・自分が結婚もし、子どももったからなおさらなんだろうけど、本当に、胸に突き刺さるようなものがあります。1970年代から国際的にも問題化し、「やめましょう」ということになって久しいのだけれど、おそらく今現在も、かなりの国や地域で行われているのです。wikipediaはもちろん、検索するといろいろ出てくると思うので、気になった方は見てみてくださいね。

なんともやりきれない思いで帰宅すると、夫が夜ごはんの仕込みに精を出していて、抑圧のヨの字も知らずにすむ自分をあらためて幸福に思いました。かぼちゃコロッケ、豆アジの唐揚げ、もつと野菜煮込み、そして出張みやげ、崎陽軒のシュウマイ。豪華で凝ってて、そしてボリューミー!! めっちゃ食べた。うぷ。そして、子どもの寝かしつけを挟んで、よく飲んだー! ひっく。