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『タモリ学』 戸部田誠(てれびのスキマ)

テレビ

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?

すばらしい! ノンフィクションの力を感じた。ノンフィクションって、ややもすれば「人のふんどしで相撲を取ってる」みたいな見方をされることもあるけど、こういうの読むと、立派な創作活動だよな、って強く思う。

私はいわゆる「リスペクト・フォー・タモリ」世代*1の一員で、ナイナイやらSMAPやらが「タモさん、タモさん」と慕うのと似たような感じで見てきたと思う。音楽に造詣が深く、料理が得意で、鉄道やら坂道やらオタク的嗜好にも事欠かない、「趣味人」タモさん。芸人たちと徒党を組まず、暑苦しさがなく、それでいて、「イグアナの形態模写」やら「四か国語マージャン」やらの狂気を持ってるってのにも、人間的な深みや面白さが感じられて好き。

  • 「(『いいとも』継続について)反省しないのが秘訣」
  • 「やる気のある奴は去れ」
  • 「ニューミュージックやミュージカル、結婚式が大嫌い」
  • 「みんなが力入れ過ぎ」

物心ついて四半世紀以上、テレビの中の彼を見てきて、いろんな言動に漠然と「タモリらしさ」を感じてきたけれど、それら「枝葉」の下になっている「幹」が見えたのは初めてで、たいそう刺激的だった。

  • 「意味の世界が嫌い」「意味なんてなくていいんだよ」
  • 「音楽は意味がないから好きなんですね」
  • 「人間の不幸は、どだい、全体像を求めるところにある」
  • 「コトバがあるから、よくものが見えない。文化というのはコトバでしょ」

世界に「意味」を与える「コトバ」。それが嫌いで、「コトバを壊すしかない」と考え、「コトバから逃げることはできない。ならば、コトバを“笑いものにして遊ぶ”しかない」と、コトバから意味をはく奪し、その価値を揺るがすことで言葉を自由にした―――それが、タモリの思考と芸である、というのだ。

だから、過去を憂えるのも未来に希望を持つのも、言葉に操られてウジウジ悩んだり逆に陶酔したりするのも、タモリにとっては、バカバカしいこと。だから、彼が好きなのは、一期一会のセッションで音楽が生まれるジャズであり、アドリブやアクシデント満載の生放送であり、言葉のない「イグアナの形態模写」なのだ。彼に言わせれば、意味のないハナモゲラ語や四か国語マージャンよりも、ミュージカルソングや近代文学のほうが、よっぽど「コトバを弄び、また言葉に翻弄されている」バカげた行為なんだろう。そんな彼だから、「偉大なるマンネリズム」も淡々と続けられた。

そんな彼だから、赤塚不二夫とも異様に気が合ったのだ。

赤塚への弔辞は当時ニュースにもなり、なんとアドリブだったという見事な文章に感嘆していたが、私は「バカボン」をちゃんと見たことのない世代で、タモリを世に出すきっかけの一人になった赤塚不二夫とのつながりについては、よくわかっていなかった。この本を読んで、腑に落ちた。弔辞における「肝」は、タモリによる赤塚評、

「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい“意味”の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち切られて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」。

だったのだ。この「これでいいのだ」の精神こそ赤塚不二夫そのものであり、またその精神はタモリ自身に継承されている。だからこそ、弔辞の末尾「私もあなたの数多くの作品のひとつです」に繋がる。そういうことか!! 鳥肌が立った。

ネット等での書き起こしでは、「意味の世界」の部分を「陰の世界」とするものも見られたという。その錯誤こそが、これほど露出してきた国民的タレントでありながら、世間が、いかにタモリの表層のみを見てきたかという証左だろう。この本を読むと、幼少のころから「意味と言葉」について考えてきたタモリは哲人だなーと思う。もちろん、哲人は変人に通じる(ほめ言葉)。

なんか、本当に、いろんなことが繋がった。小沢健二ファンの間では有名な、「タモリ、Mステにて『さよならなんて云えないよ』を絶賛」事件についても、なぜあんなにも褒めたのか。「瞬間」を「永遠に続く」と思う、その「現在の全肯定」がタモリの琴線に触れたのだ、それがいかに難しいことなのかを痛感してきたのがタモリなのだ。

はぁー、面白かった。と感嘆の溜息をついた巻末、あとがきに「タレントと視聴者という距離感こそがもっとも適切だと思った。だから、本書のために本人や周辺の人へのインタビューなどはせず、「ウラ話」のようなものも一切使わず、一視聴者、一読者の立場で見たり聞いたりできるエピソードのみを資料として扱った」とあって、さらに感服。著者の戸部田さんこと「てれびのスキマ」さんの個人ブログは何年も前から読んできたけど、こんなに心意気のあるすばらしい本を上梓されて、「てれびのスキマ」の一読者として本当にうれしいであります!

*1:2000年代始めにナンシー関が書いたらしい。的確かつ毒入り、さすがナンシー。