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『軍師官兵衛』 第35話「秀吉のたくらみ」

大河ドラマ

うーんどうにも官兵衛の物語に気持ちが入ってゆかない。まだしも、秀吉のほうがドラマの中で「生きている」感じがする。信長大好き人間の秀吉は、信長のあとを継ぐことが至上の夢で、だから日本国を統一し最高の地位と権力を得なければならない、茶々を欲するのもその一環であるし、伴天連を追放するのもまた然りである、と。

お市の方」でなく、「信長の血を引いてるから」茶々に価値があるとするのは、このドラマオリジナルといえばいえるのか? ま、「そうすると話が早いし辻褄も合うだろ」ぐらいのやっつけ感は否めませんけどね。そういえば、3年前の大河でも、「信長の血を引く姪」を妻に得たのがどーのこーのと中二病こじらせてた徳川二代将軍がいましたな(笑)

全てを己のほしいままにせんとする秀吉は、使い勝手の良い三成を重用しつつも、軍略に関しては官兵衛の意を容れている。家康相手にひと芝居打つアイデアも遂行力もある。その点、ブラック化しつつあるといっても彼はまだまだリアリストだし天下人たる器を持っている。

一方、我らが官兵衛ときたら、なんとも頼りないことですよ。秀吉×家康(おっと、この描写に他意はない笑)の芝居に気づいたのは救いだが、「やっぱり秀吉さまは変わっておらぬ(ニコ)」って、その「信じる心」、もう全然美点に見えませんから! いい年こいて、何お人よしぶりっこしてんだよ、バカ! せっかく天下人サマが「先のことが見えすぎる」とかいってビビッてんのに、全然ふし穴じゃないですか、その目は! 秀吉の変貌を全然見抜けなくて、おかげで宇都宮にも逆恨み買うって展開なんでしょ?! 

そうそう「やっぱり秀吉さまは変わっておらぬ」のあたりは、博多復興についての話題だったんですけど、「わーい我が博多が出てきた☆」ってのより、「あー、いちお、ドラマ的に福岡もご当地扱いしてるからね、ここらで博多の話題出して地元を喜ばしとこうって算段よね、ハイハイ」って感じだったのでした。だって相当「とってつけた感」あったよね?! 

なんかさー、この期に及んで官兵衛のキャラが掴めないんだよね。「天才的軍師」らしいけどあんまりそうは見えないし(最近は松岡修造+半沢直樹)、人を見る目ないし。キリスト教についてもどう思ってるのか全くわからんので、今回ラストの動揺に全然ついていけん。愛する奥さんにも相談せんかったぐらいだし、賢婦人設定の奥さんが「これまでと同じです」って断言してたから、ちょっとした精神的よりどころにしてるだけなのかなー、だったら別にお寺とか宣教師とかなくてもOKなんじゃないかなー、とか思っちゃう。でも、あんなにガクブルしてたってことは、コレジョさまか誰かに相当寄付とか寄進とかしてたのかな? あーわかんない。

「いくら恋女房でも何十年も一緒にいると飽きる。なー善助、ハッハッハ」とかなんとか言うシーンもあったけど、そういうジョーク飛ばすキャラだと思ってないから、どうリアクションしていいかわからん長政の気持ちがよくわかったよ(笑)。暗に光さまのこと言ってるわけ?とか、そういう深読み・妄想で楽しめるドラマでもないしさ…。

秀吉×家康(しつこい笑)の芝居に気づいたのだって、「表面的なことしか見えない脳筋・長政」を描くための描写であって、賢さの図式的に「長政<官兵衛」ではあるんだけど、「官兵衛<<<<(超えられない壁)秀吉」にしか見えないもんなー、今んとこ。だって官兵衛の人の良さって何の役にも立ってない。

長政の父に対する葛藤みたいなものをちょこちょこ描いて伏線張ってるつもりなのかもだけど、官兵衛のほうには厳しさしかなくて、「父として本当は可愛くてかわいくてたまらないけど敢えて心を鬼にして…」って部分が全然見えない。秀吉や他人に対してはあんなに信じやすく慈悲深いキャラなのに、父としての情愛は少しも漏れてない。

まあでも、主人公のキャラにブレがなく説得力があり、かつ魅力的だった大河ドラマって、遡れば…遡れば・・・・(記憶をたどってる)・・・・結局、山本勘助ぐらいまで遡らなきゃいけないんだよな。これほとんど脚本問題ね。長丁場の主人公を描くって難しいんだろうけどさー。だからやっぱり、小原糸子(カーネーション)を書いた渡辺あや・天野アキを書いたクドカンあたりはエラいんだろうね。そういう意味でも再来年は本当に期待してる。再来年・・・長いな!

で、中谷美紀高畑充希・玄覺悠子という女優たちをそろえて、あんなどーでもいいシーンやらすなっつーの!(怒) 高畑さんの糸、あれで「はねっ返り」の描写のつもりだったらちゃんちゃらおかしいわ!(久しぶりの鈴鹿ひろ美)