『星間商事社史編纂室』 三浦しをん

星間商事株式会社社史編纂室 (ちくま文庫)

星間商事株式会社社史編纂室 (ちくま文庫)

“白しをん”大好き。“黒しをん”の凄味はもっと評価されて然るべきだとも思うが、“白しをん”の安定感も本当にすばらしい。『風が強く吹いている』(や、未読だけど『舟を編む』もそうなのかな?)などの渾身の作に比べると小品と分類されるのかもしれないけれど、毎度ながら、設定や構図がすごくきちんと考えられている。この人は、どんな職業や題材、舞台でも調理できるんだろうなと感じさせる。何より、しをん流の、暑苦しくないユーモラスなヒューマニズムが底を流れているのが、いい。

この小説で言ったら、「物語の力」。それは、はた目にはパッとしない29才未婚女子である幸代が、いつもひっそりと携え楽しんできたものであり、高度経済成長期の日本の商社によって東南アジアの小国政府に送り込まれた美女が、自らを慰め、同時に、しのぎを削る者たちを煽って競わせしたたかに泳ぎ切るために使ったものであり、長い付き合いの友人同士を劣等感で引き裂くものでもあり、闇に葬られた真実の社史を語る器となるものでもある。

人を楽しませたり、支えたりするだけじゃなくて、操ったり翻弄したりする大きな力をももちうることにも触れながら、それでもやっぱり、人を楽しませ、支えていくものだよね、呼吸をするように身近にあるものだよね、というふうに書く三浦しをんが大好き。

同時に、これは、しをんさん長年、が心安く身を置いている「腐女子」「ヲタク」の話でもある。BLに同人誌にコミケ。それこそ呼吸をするように軽やかに書いたであろうと思われる反面、劇中小説である「野宮と松永」のおっさん受けBL(意味が分からない人は分からなくていいんですよー)の抑制のきいた筆遣い(笑)や、コミケ風イベントの楽しそうな描写といい、やっぱり、行き届いているなあと思う。ほか2つの劇中小説、「なんちゃって大江戸捕物帳」と「海賊ルパンカと少女ウーナの伝説」もいかにもどこかで見たような筋なんだけどそれがまた親しみやすくて、しをんさんてこういうのに筆が乗るタチだよねえ笑

文庫がちくまから出ているのがちょっとツボでした(単行本もですね)。この人、超大手だけじゃなくて、ちくま・双葉・徳間・光文社・祥伝社ポプラ社・大和書房など、中堅どころの出版社とも、しかも相当幅広く仕事してるよね。人気作家が買い手あまたなのは当然としても、けっこう珍しいぐらいの例じゃなかろーか?