『文・堺雅人』 堺雅人

文・堺雅人 (文春文庫)

文・堺雅人 (文春文庫)

2004年の末から約四年間、「ダ・ヴィンチ」に連載されたエッセイ。本屋でパラパラとめくってみて、「字も大きいし、一編ずつも短いし、難しい文章でもなさそうだし、堺さん好きだし、息抜きにいいかな」なんて思って買ったのだけど、読み進むごとに唸るような気持ちに。

役者の手すさび、と片付けるにはあまりにもうまい! 基本的には、そのときどきの仕事に絡めて、近況や、印象深いエピソード、思い出したことなどなどが「つれづれなるままに」書かれているようなのだけれど、その思考・感覚の派生の仕方や掘り下げ方に、どこか深みがある。それが、堅苦しくなく、読みやすい表現・文章でまとめあげられていて、わずか原稿用紙4-5枚ほどの字数でしかないのに、読後の満足感がすごい。

54編。ただものじゃない。編集者(ゴーストライターではないと思うw)の手が入っているにしても。堺さんといえば早稲田の演劇部出身であることは有名な話だし、もともとスマートな俳優というイメージだけど、実際に文章を書いたらこんなにうまいんだね…。ほれなおした…。

映画、舞台、ドラマ、ナレーション、なんでもやる堺さんは、ロケや舞台あいさつで日本中のあちこちに行くし、刑事・医師から時代劇・無職の人まで何でも演じる。4年間分のエッセイを一気に読んだため、その仕事ぶりの多彩さが肌で感じられたのもあるけれど、鋭いカミソリのようなクレバーさではなくて、どこかふわふわと漂いながら、いろんなものを広く深く見つめているような聡明さが文章からも感じられたのは、この役者の味なんだろうなと思った。どこにでも溶け込める自由さと、どこにも定住するところがない所在なさとを共にもっているような。

「サーカス団員の役のため本物のサーカス団のテントで練習や撮影をするエピソード」や、「壁の中に誰かがいるという妄想にとりつかれる役を演じている最中にインフルエンザに罹った不思議な感覚」、「バーテンダーの役のためシェーカーの“素振り”をしていて思い出した少年野球時代の思い出」など、そんな、ふわふわとした雰囲気の色濃く出ている編が特に好きだった。