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『言葉を育てる』 米原万里 対談集(感想 2)

●創造力のための記憶力
糸井重里との対談、前回の項の続き。

米原: 本当に論理と物語というのは、記憶力のためにあるんだと私は思います。琵琶法師っていますでしょう? あの人たちは眼が見えないんですよね。で、膨大な「平家物語」を丸暗記しているわけです。それに、プラトンは「ソクラテスがこう言っていた」と引用しているんだけども、「結局、世界にたくさんいた吟遊詩人(詩をたくさん暗記している)たちは、文字が出てきたときには、みんないなくなってしまった」と。文字が記憶の役割を果たしてしまい、記憶を頭の中じゃなく外で外在化して保存することができるようになったら、知能を使わなくてよくなったんですよ。これは物語ですけど、論理にもそんなことが言えるのではないかと思います。

人間って基本的に怠け者だから、脳も含めて。いろんな負担を、どんどん軽減しようとするんですよ。記憶力みたいな負担も、どんどん軽減しようとして、文字を発明して、計算みたいなことも、今、コンピュータがどんどんやってくれるようになって…。いわゆる雑用部分をぜんぶ機械に任せてしまって、最もクリエイティブなところだけお脳がやる…というふうに人間は、していますよね。肉体労働だけじゃなく、脳の雑用も全部、何かに任せてしまう。でも、おそらく創造的な力って記憶力と、すごく関係していると思うんですよ。


糸井: そういう本を出したばっかりです。


米原: ああ、海馬の。(註:池谷裕二糸井重里「海馬―――脳は疲れない」)。


糸井: はい。あれは見事に、そういうことを言っています。


米原: そうですよね。いろんな情報処理の雑用とか計算能力とか、そういったいろんな筋肉を使っていて、そのベースの上に創造力って花開くんです。今、どんどんどんどんそれをそぎ落として、創造力だけを残そうとすると、ちょうどキャベツか玉ねぎみたいな感じ、まんなかに、何が残るの? ということになっていくんじゃないかなという気がしますね。

(中略)

それで、ギリシャ神話のミューズっていますよね。文学・芸術の女神たち。これは、ゼウスという万能神とムネモシュネという記憶の女神との子どもたちなんですよ。


糸井: 見事だなあ…。


米原: 音楽とか学芸とか、それぞれが受け持つ神様が9人ぐらいいるんですね、ミューズって。クリエイティブな能力というのは記憶力と非常に関係してるって、ギリシャ人は既に知っていたわけね。

こちらも、私たちはややもすれば、簡単に「頭の良さとは記憶力ではない」と言い切る。「地頭力だ」なんつってね。じあたまりょく、ですよ。じとうりょく、じゃないよ(と歴史オタへ註釈w)。でもこうした見解を読むと、「考える力、創造性は、(少なくともある部分で)記憶力に支えられているのだ」としみじみ思う。オタクって、ある意味、記憶の集積をもとに活動してますので、こういった見解は非常にうれしいですねw なんたってギリシャ神話にまで遡って確証を得ているといっても過言ではないwww や、冗談抜きにして、万能神と記憶の女神との子どもたちが芸術の女神たち…ってくだりを最初に読んだときは鳥肌が立ったわ。

じゃあ、どうして、記憶力が創造力を支えるのか? あるいは、創造力を支える記憶力とはどんなものなのか? 

…オタクのはしくれとして私が思うに、そこにもやっぱり「能動性」と大いにかかわってるよね。たとえば私は山手線とか東海道線とかに何の縁もゆかりもないし興味もないんですが、そんな私が今から必死こいてそれらの駅名を順番に暗記して脳の「記憶」のデータベースを増やしても、何も生まれないと思うんです。

でも、私は「記憶を増やすこと」の楽しさを、かなり幼いころ(学齢に達するころからだと思う)から知っていました。たくさん登場人物が出てくる少年少女文学や、その姉妹作。毎年開催されるプロ野球ペナントレース、その順位や活躍選手。高校野球、その出場校やトーナメントの行方、名試合の中身。紅白歌合戦の出場歌手や司会者、演出。もちろん、大河ドラマのもろもろ(笑)。たくさんの記憶が、知識が、それらをより広く、深く楽しむことに寄与すると、本能的にわかっていたような気がします。

それらに関する記憶を次々に重ねてゆくことで、私は特に社会で大成したわけでもなければ、人間的にもまだまだ未熟なので、甚だ説得力に欠けるところなんですが(苦笑)、自分としては、「記憶」をし続けることでそれらの使い方も自然と知って、いろいろと役立ててきたように思うんです。勉強にも仕事にも、遊びや、いろいろな物事への考え方や処し方、記憶と記憶とを結びつけて考えたり、いくつかの記憶を参照しながら推測したり。テストのヤマ勘もよく当たるほうでした(笑)。

ちょっと、こうして思い返していると、私のアイデンティティって「オタ性質であること」しかないんじゃないかと思えてしょーがないんですが、そ、そんなことない…はず。部活もしたし、バイトもたくさんしたし、遊びや恋愛もそれなりに…(必死)。