読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『八重の桜』終わりました

大河ドラマ

最終回、会津の桜の木の下で、八重と頼母は再会する。頼母は言う。「新政府がどんな国を作るのか見届けてやると思って生きてきた。だけど自分の目に焼きついたのは、どんなに苦しいときでも懸命に生きようと、笑おうとする人々の姿。それだけが自分の心を揺さぶる」。頼母自体はドラマに不在だったとはいえ、それは明治編20話を総括する言葉であるはずだ。

なのに、そんな人々の姿がいっこうに思い浮かびません・゚・(ノД`)・゚・

一度も見逃してないんですけどね。

頼母が見てきた懸命な人々の姿が、八重や覚馬を始めとする多くの登場人物と重ならなければいけないはず。でも、私が見てきたものを、そんなふうに総括されると、「違う」と思える。その事実が私を絶望的な気持ちにさせた(大げさに書いてみました)。

じゃあ、明治編で何が描かれてきたのか、と振り返ってみると、さっぱりわからない。記憶はあるんだけど、深い印象がない。学校のゴタゴタや家庭内での出来事、ってことになるのかもしれないけど、その割に、「あれだけ権力側とも生徒とも外国人教師ともゴタゴタしてたのに、同志社がなぜ名門たりえたか = 新島襄のすごさ」や、「山本覚馬の京都近代史における功績」の描き方はてんで物足りなかったし、山本家の家族の情愛(あるいは愛憎)の描写もとても薄かったと思う。ふだんの状態が極端に描かれない中で、いきなり不義だの駆け落ちだの反抗だの死だのが起こる(時栄さんについてはもの言いたげな表情でフラグをバシバシ立てといて、回収の仕方が雑だったのは当該放送回の感想に描いた通り)。

会津目線とはいえ中央史が描かれた幕末編に比べて、学校や家庭内の話に終始したから明治編はつまらなかった、とする意見がある。でも思うに、学校や家の話だって、腰を据えて描いていれば、それはそれでもっと面白かったんじゃないか。あの内容で「明治編では同志社や山本家の話を描きました」って言われても困る。私にとって、敢えてまとめるならば、明治編は、「何も描いていないスカスカのドラマ」だった。

そのくせ、八重さんは日清戦争を終え日露戦争へと向かう世の中を憂う。流石に、「戦は嫌でございます」とハッキリ言わせなかったのはついにNHKも学習したということか。にしても、戦意を煽る記事を書きまくってる徳富蘇峰に向かって、疑問を呈する。困るなあ、ここへきて、そういうことされちゃあ。

会津戦争を当事者たちが美化しなかったことで、いわゆる「観光史観」に一石を投じたつもりなんでしょうか? 平和を祈っておけば間違いないよね、という安直な結論づけでしょうか? それとも「何が何でも平和をテーマに!」ていう左っぽいイデオロギーの持ち主なんでしょうか?

49話での覚馬&容保の態度に上記のような感想(疑問)を書いたんだけど、最終回もそのままの流れだった。

最終回まで見た今、思うのは、ラスト2回はやっぱり大真面目に、熱意をもって書かれたんじゃないかということです。従来の「会津観光史観」へのカウンターのつもりでも、優等生の模範解答的、安直な結論づけでもなく、まあ、どっちかというと左なのかなとは思うけど極左の人ってわけでもなく。ここに着地することは最初から想定されていた、むしろここにたどり着くために、これまでがあったのではなかろーか。もしかすると。

このドラマは「今に繋がるもの」としての歴史を描きたかったんじゃないかと思う。

今にして思えば、第1話の佐久間象山

「攘夷か開国か」というお決まりの(どっちにしてもいわゆる机上の空論的な)二者択一ではなく、「とにかくまずは相手を知らなければ」「大切なのは複眼的な視点、柔軟な思考」「夷をもって夷をうつ」(←毒をもって毒を制す、に似ているなと思った)、というところを初回で前面に出してくるあたり、新鮮だし、時勢との親和性も高いと思いました。

当時の自分のブログより。このときから、「今」を強く認識した要素は出ていました。このセリフを聞いたとき、瞬間的に「原発か、反原発か」という命題に寄せてのセリフなのではないかという思いが浮かんだので、こういう感想を書いたのを覚えています。

私たちが今、直面している問題を、普遍的なものとして歴史の中に落とし込み、想起させる。気づきを促す。

知られざる歴史に光をあて、そこで経験された理不尽や苦闘、悲劇を描き、その犠牲と献身の上に歴史が続き、やがて私たちの生きる現代に繋がっていることを訴えたかったんじゃないかと思う。

そして歴史が現代へとつながっているならば、現代もまた、いずれ歴史となって未来へ繋がるんですよ、と。だから心して生きていきましょう、いつも考えましょう、私たちは間違っていないのかと。いつも問いましょう、力を正しく使っているかと。100年後、200年後の日本の姿を想像しましょう。そして絶対にあきらめないようにしましょう。

それがメッセージだというならば、その趣旨それ自体には賛同します。復興支援を掲げたドラマとして、真剣に、真摯に考えられたメッセージだと思う。このようにまっとうなメッセージをもった大河は、近年、記憶にない。

ただ、それが、ドラマの中で有効に作用したのかどうか、というと、「否」だ、私にとっては。悲しいことに。あまりに、「メッセージ先行」になってた。先行っていうか、メッセージしかないやん、ていうか…。「物語」や「人物」を求めてドラマを見ているのに、それらがなく「メッセージ」だけを突きつけられても、引いてしまう。

「今」とリンクできるようなメッセージ性のあるセリフは、49話あたりになって唐突に出てきた印象だったけれど、終わってからよくよく宇振り返れば、先述のように初回から埋め込まれていた。ほかにも、いろいろある。

  • 「何かを始めようとすれば何もしないやつらが必ず邪魔をする。蹴散らして前へ進め!」(第3話、佐久間象山
  • 「聞く耳を持て。声高に「鉄砲は強い、鉄砲は強い」って言ってたんでは、敵が増えるばっかりだぞ」(第3話、西郷頼母
  • 「天朝も、幕府も、藩もいらん。ただ身一つで立ち上がれば良い! 立ち上がれ!」(第6話、吉田松陰
  • 「戦はしねえがいい。 だが、攘夷もできず開国もせず、その場しのぎの言い逃ればかりしてちゃどうにもならねえ。一敗地にまみれ、たたき潰されてそこから這い上がりゃ、10年後、100年後、この国もちっとはましになるだろうよ。」
  • 「それを考えるのがおぬしの役目だ。象山先生も死んだ寅次郎さんも、遠い先の日本の事まで思い描いていたぜ。考えて、考えて、考え抜いてみろ!」(ともに第8話、勝海舟
  • 「頼むぞ。八重殿。川崎殿。新しい力は、ふたりのように古い秩序に縛られぬ者の中から生まれるとわしは信じる」(第14話、秋月悌二郎)
  • 「同じ国の者同士、銃を撃ち合って殺し合う戦は、もうしてはなんねえ。学べ、新しい知識を、世界の文明を、これからは学問がお前の武器だ」(第26話、山本覚馬


今、記憶をもとにして振り返ると序盤が中心になるんだけど、これらのセリフを聞いたとき、「普遍性…」とチラッと頭をよぎっても、それがイヤな気はしなかった。幕末という近世の終わりから明治という近代の夜明けを、作り手はそのように描きたいのだな、と思っただけだ。「現代(わが身)にも置き換えられる」とすることで視聴者を惹きつけたり、そこに何らかのメッセージを仮託するのは、大河ドラマに限らず創作の定法だ。

序盤で、先述のようなセリフがすとんと入ってきていたのは、ドラマにストーリー性があり、人物が生きていると感じていたからだと思う。象山にせよ松陰にせよ勝にせよ、若い覚馬を「教え導く存在」から発せられていたからというのもある。

ところが彼らが物語から去り、やがて主人公兄妹が物語を引っ張るだんになったとき、失速した。ドラマから流れが失われ、感情移入できる人物がいなくなった。その状態が続いたあとで、最後に、「さあ一番言いたかったメッセージを」といきなり来られてしまった。

作り手はいわゆる左巻きの強い純粋まっすぐちゃんなのかなーと思ったこともあった。思えば天地人も江も龍馬伝も清盛も、骨子としては大人っぽい大河とはとてもいえず、むしろ「なんで大河はこんなにお子ちゃま向けになってしまったんだろう」と私を悲しませたものだったが、明治編に入ってからの八重の桜には、そういった「子どもっぽさ」とはまた違った「気持ち悪さ」を感じることがままあったのだ。

西郷があれほどかっこよく、桂は情熱的で岩倉は老獪で…と、会津を滅ぼす面々がずいぶんステキな描かれ方をしていたのに、明治編に入ると伊藤を中心とした政府側がやたら悪者、小物っぽく描かれたのもそのひとつだ。私が「明治編の骨抜きは会津編の会津ageに現政権あたりからクレームがついたがゆえ」という陰謀論に与せないのも同じ理由による。会津編では、会津のドラマなのにあれだけ良く描かれといて何の文句があろうか、と思うし、明治編では、クレームがついて路線変更したとは思えない政府(長州)sageになっていた。たとえクレームがあったとしても、「再来年は長州でやりますから」ぐらい水面下で囁いて宥めたんじゃないかと思うし。あ、再来年のこと考えるとちょっとピキッとくるからやめよう。

ともかく、会津編を思い出すと、単純な二項対立は避けられていたし、会津の「義」という気質が美点としても弱点としても克明に描かれていたので、やはり本来はぐるんぐるんの左巻きちゃんってほどではない気がする。なのになぜ明治編がああなったかというと、やっぱり妙なテコ入れと、最後の結論に引き寄せるためドラマを強引に引きずった、ってことになるのかな。

つまり、「京都復興が俺の戦い」と覚馬に言わせた以上、今度は覚馬(主人公側)は戦いに勝たなければならない。そのためには槇村にせよ伊藤にせよ権力側は卑小なほうがいいし、ライトな感覚で見るドラマとしても、敵味方がハッキリしているほうが都合がいい。

49話で、覚馬と容保がそろって「あの戦を避けられなかったことを過ちとする」声明を発表した(笑)ことも、49話、50話(最終回)の八重が言う「考え抜く人であれと…」や「力は未来を切り開くために使わねば」も、左巻きの主張というよりは、序盤で提示された「考えて考えて考え抜く」ということに呼応させた面が大きいのかな、と思ってはいる。八重や覚馬が「考えて考えて考え抜ける人間に成長した」と示すのが、会津戦争を後悔する言及であり、日露戦争へと進む世の中への憂いなんだろう。そのことを通じて、視聴者に、「私たちも今の自分たちが正しいのか、いつも考えましょう」と訴えている。

ただまあ、私はその流れを好まない。明治は近代の夜明けであって、現代じゃない。歴史と現代とを繋ごうとしたり重ね合わせようとしたりするのはまじめな試みでも、時代の捉え方として大きく逸脱するのは邪道だと思うし、そのうえで「啓蒙臭」が漂うと嫌悪感すら覚える。西郷頼母の造形も、中途ではいろいろ良く解釈しようとつとめたりもしたけど、やはり成功したとは言い難いと思う。

それに、繰り返しになるが、最後のメッセージまでに行きつく過程が、あまりにもなかった。過程が納得できるものであれば、ラストのメッセージだって違うふうに響いたはずだが、そこにぽっかり穴が空いた状態じゃあ、説得力は生まれない。最終回、分別臭い顔で蘇峰に説教する八重を見て、むしろ「おまえに言われたくない」ぐらいに思ったわたくしであるw

なんだか結局、八重や覚馬に対する作り手の思い入れ・愛情が希薄だったのかな、とも思う。作り手は、容保や、慶喜や、西郷の半分も、八重と覚馬を好きじゃなかったんじゃないかと思えてならない。少ない知識でも、実際のふたりは相当アクの強い人物だったように思えるが、本来魅力を放つべき凹凸した部分はギリギリまで紙やすりで削られて、滑らかで手触りがいいだけのペラペラのお人形になってしまった。てこ入れって紙やすりをかけることか!と思ってしまう。

八重を見ていても、「今日もステキな服を着てる」「今日もお肌がとってもきれい」という感想ばかりが出てくるのだた。「私は守られるような女子じゃない」と自分で言っていたけれど、明治に入っても、尚之助に守られ、襄に守られ、兄に守られ、終始、男の庇護下にある姿しかなかったような。あれでハンサムウーマンとは、泉下の八重も襄も泣いてるんじゃなかろーか。弟を亡くして激昂する八重、籠城戦で銃を持ち戦う八重は、あんなに美しかったのに。怒りと狂気とを取り上げられた八重は同時期の日曜9時にやっているドラマよりもずっとアンドロイドみたいだった。

覚馬にしても、あれじゃただの根暗男で、いくら博学だからって、とても人望が集まりそうにない。京都でどれほど功績があったのか、これでもかとばかりにやってほしかった。これは去年の清盛も、「龍馬伝」での龍馬もそうだったが、歴史的事件の経緯を描くのは簡単でも、歴史的功績、事績を描くのはそんなにも難しいんだろうか。家族のことも、ほっぽらかしっぱなしなら、それでもいいから、確固とした個性を見せてほしかった。「公人としては図抜けていたが私人としてはぐだぐだ」って設定だって良かったのだ(それを許さないのが大河の視聴者層だというのもよくわかるので作り手を一概には責められないのかもしれないが…)。

政治がなくて学校や家のことばかりだった、という割に家の中のことも大して描けていないのは前述したとおり。とにかく、京都に行ってから、人と人とが本気でぶつかりあったり、真剣に悩んだり、成長したり変化したり、という姿に感動できたことがほとんどない。「あまちゃん」や「ごちそうさん」で「人間のいるところにドラマは生まれる」「本気で人とかかわるのは苦しい、めんどくさい、でもすばらしい」というのを、まったく作風の異なる中でも同じく深く執拗に描かれているのと対照的な、きれいごとばかりだった。

もっとも、思い返せば、会津編でも、尚之助とのロマンスあたりは相当な少女漫画脳で、あのころはそのほかが殺伐としまくっていたから一種の癒しパートになっていたものの、作者は男女の情愛を人間くさく書けないか、書くことに興味がないのかもしれない。権八と佐久の父母や、三郎との姉弟関係なんかはとても良かったんだけどねえ。

尚之助を描いたのはこのドラマの功績のひとつということになるんだろうが、ageすぎのあまり、最終的にはsageになってしまったように私には思えた。襄との再婚にも影響したし。尚之助至上主義のファンの方を多く見たけれど、私は尚八重夫婦も、襄八重夫婦も、どちらもほとんど等しくおままごとだと思った。もっとも、篤姫−家定や、兼続−お船、江−秀忠もそうだったように、大河ではお花畑な夫婦が主流になっているので、今作だけの問題ではない。ただ尚之助の「ここに女がいるぞ!」の場面だけは今思い出しても震えがきます。

なんか全然まとまってないんだけど疲れたのでこの辺で切ります。大好きなところもたくさんあったドラマなのでそれも書けたらいいんだけどもう時間ないかもなー。前半をすごく楽しめたからこそ、後半のいびつさが解せなくて、いろいろ考えちゃうんだよね。天地人やら江ならば、終わったころにはもう言葉を費やそうだなんて思わなかったもんなー。