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神無月の十五 / スイッチインタビュー「是枝裕和×姜尚中」

●10月某日: 夫はかなり酒に強いほうだと思うが半年にいっぺんぐらい泥よっぱらいになって帰ってくる。ゆうべがそうだった。気力だけで立ち上がり、シャワー浴びて出勤していったけど、あれ午前中は使い物にならないとみた。帰宅後、聞くと、事実そうだったらしい。ふふふふふ覚えがあるわ、会社員時代の私にも…。なんとなく、つきあって、週末の夜だけど休肝日にしてみる。読書が進んだので、次の本をネットで注文。町の本屋さんがなくなるとすごく困る人種のくせに、ネットで買ってすみません…。だって街の本屋さんで注文したらすごく待たされてるし…。あと、本って、汲めども汲めども尽きない泉だから、限られた人生、次から次へとどんどん読みたい気持ちもあるけど、一冊一冊を吟味して選んで、大事に咀嚼しながら読みたいなって気持ちもあり、そこらへんもちょっとした相克です。

●10月某日: 夫がサクを自転車で遊びに連れて行った間に、Eテレスイッチインタビュー「是枝裕和×姜尚中」の残りを見る。

是枝さんの語り口は、少し前にフジテレビ「ボクらの時代」で初めて聞いた(福山、リリーと共に出演)。氏の作品は「ゴーイングマイホーム」を見ただけだが、ものすごい才能の持ち主であることは歴然。ユーモアにあふれた作品でもあったので、なんとなく闊達な話芸の持ち主ではないかと想像していたのだが、全然違って、むしろどちらかというと寡黙なイメージを与える。終始とても静かな口調だけれど、微笑みを浮かべてとか、冗談を交えながらとか、そういった話し方/聞き方をしないので、人によっては怖い印象を持つかもしれない。でも、それがすごく新鮮だった。すごく真剣に会話に取り組んでいる。なあなあ、というような言葉からもっとも遠い人だと思った。語られることは、もちろん、どれもこれも言葉が的確。

「そして父になる」の撮影風景もいくつか流れたけど、役者との演出についてのやりとりでもそういった語り口は同じだった。主演の福山に対しても、なんと、子役に対しても。是枝は子役に台本を渡さない(子役の母親などが家で「いかにも子役っぽい」演技を事前指導するのがイヤらしい)。子役には現場で撮影の前に「ここで、○○がこう言ったら、こうこうしながら、○○○○って言ってね」みたいに教える。すると、子役は、前後の文脈などあまり考えずに、是枝に言われた通りの演技をする。「それが、台本を読んでイメージしていたのと全然違うので、難しいですね。事前の演技プランを破棄して、その場その場で、子どもの演技に即したリアクションしている感じ」というようなことを、福山が現場の是枝に相談する。是枝は「それはとてもいいやり方だと思います」というようなことを返す。言葉にそれほどの表情を乗せずに、淡々と。ただ、「ご苦労をおかけしますが」と付け加えていた。その辺はやっぱり、人と人とのかかわりで仕事をしている人だから、円滑にコミュニケーションしとるんだろうな。

ところで、「そして父になる」って、福山サイドから、是枝監督に「なにかご一緒したい」という打診があって始まった映画なんだって。これはとても意外だった。是枝は撮影と並行して編集作業も行う。その中でどんどん脚本を書き換えていく。今回の映画では30回は書き直したと。途中で削った福山が泣くシーンを、修正前の台本を読んだ真木よう子から「あれ、撮らないんですか?とてもいいと思ったのに」と言われ、福山に聞いてみると、「使うかどうかは別として、撮っていただいたほうが、この先の演技がしやすい」と言われて、撮った。そして使った。そんなふうに試行錯誤しながら撮っているのに、「映画はキャスティングで8割が決まる」と言う。じゃあ、残りの2割のためにそんな心血を注いでいるという事か。姜は「そして父になる」を劇場で見たその足で、是枝の自宅兼仕事場に来ている。「年をとったせいか涙腺が弱くて…。失礼ながら、福山さんにあんなにも演技力があるとは思わなかった」。

是枝が仕事でしばらく家を空けたあとに帰ると、3歳の我が子が緊張していて、自分もどう接していいかわからなくなってしまった 。翌朝、また仕事に出ようとすると、子どもが「また来てね」と言った。子どもにとって、たまにしかいない親とはそんなもの。「血のつながり」のことなんて子どもは考えていない…。そんな体験から、「血は水よりも濃いというが、そうなのだろうか」という疑問が生まれたという。昭和40年代に多発した取り違え事件を調べると、ほとんどが、血を分けた子を取り戻していて、その決断は、父親がしている。父親は、もともと、子どもと過ごす時間が少ない場合が多い。だから、まだ共に過ごした時間が「ゼロ」である、他の家庭で育った本当の我が子に抵抗がない。逆にいえば、父親には、血のつながりしか、親子であるというよすががない。震災以降、絆が叫ばれだしたが、その絆は結局、家族という閉じた関係に帰する場合が多い気がする。そうでなければならないのか。外に広がっていくのを感じてもいいのではないか・・・・。

是枝がそんな話をすると、姜が「絆は、“ある”ものではなくて“成る”ものですよね」と言った。姜は相手の1フレーズごとに真摯な相槌をうつ。「ああ」とか「そうだったんですか」とか感嘆したような言葉を挟みながら。

後半は姜の職場に舞台を移す。埼玉県上尾市聖学院大学。長く務めた東京大学の教授職を、定年を2年残して退職し、こちらに移ったばかり(現学長)。4年前に25歳の息子を心の病で亡くした、という話は番組で初めて知った。会社員時代、ビジネス系のサイトでのweb連載を割と長いこと読んでいたが、こんな人の子どもが心を病むというのはある種の衝撃だ。その息子が生まれたのが上尾市だった。聖学院大学からの招聘に、運命めいたものを感じたという。息子の死について語るのは、本来、もっと時間が欲しかった。けれど外 部がそれをディスクロージャーして、沈黙することができなくなった。それで姜は「心」という小説を書く。「私が息子の死をどう思うか、そのことばかりを聞かれる。けれどそうではなくて、自分はゼロになり、イタコになって、息子の言葉を伝えたかった」。そのストーリーや本文がいくらか紹介されたときには涙を禁じ得なかった…。

姜は石牟礼道子の「苦海浄土」の例を挙げて、「イタコたりえたからこそ名作となった」と言う。けれどそうしようとすると、客観とは何か、事実とは、という問題に突き当たる、と。すると是枝が、自分が28才の時、初めて手掛けたドキュメンタリーの話をする。水俣病訴訟で、国と、原告との板挟みになり、自殺してしまった環境庁の官僚をテーマにしたもの。その仕事をもとに本も書いた。仕事が終わったあと、亡くなった人の妻に挨拶に行くと、「すべての取材を断ったのに、あなたの取材だけを受けたのは、あなたがそこに座ってもじもじしながら「取材を受けてほしい」と言う姿が夫にそっくりだったからです」と言われた。客観や公平ということだけでなく、やはり、取材対象との共振、シンクロニシティがなければ伝えることはできないのではないか。

そして、 日航機墜落の遺族のメンタルケアに携わった野田正彰の著「喪の途上にて」に触れる。「人は喪の途上においても創造的でありうる」とそこにはある。本文を読まず、深い解説なくして、このわかりにくい言葉の真髄に少しでも触れられた気がすることの得難さに、震えるようだった(西野カナ的、「会いたくて会えなくて震える」的文章だがww)。ふたりの対話がここに行きつく瞬間には、本当に、胸の奥深くを撃ち抜かれるようなゾクッとする感覚があった。自分は、人間の満ち足りた姿ではなく、欠落を埋めようとする姿に美しさを感じる、と是枝は言う。これも、是枝という、これからも長く活躍するだろうタレント(才能)の真髄に迫る言葉だと思った。「誰も知らない」で世界に名を轟かせたこの人は、センセーショナリズムにも、センチメンタリズムにも決して走らないのだけれど、人がスルーしがちな…というか、防衛本能的にスルーしたいような部分を抉り、描写する才能であり、病(やまい)のようなものを、彼の本質にもっているのだと思った。厄介な、けれど人を救いうる病(やまい)。

姜はこれからライフワークとして、近代日本の草創期である明治を研究したいという。番組で見ているとそこに至るまでの思考が詳述されていないので若干の飛躍を感じたが、国にしろ個人にしろ、今を考えていくとそこに帰結すると姜は言う。「誰しも始まりは美しくありたい。けれど実際、明治という時代にしても、血反吐を吐きながら誕生した。どこの国家も血を流さなかった国はないし、でも我々はそれを美しい物語に変えてしまう」と。ちょっと前後は不明だけどその語りだけでものすごい“引き”がある。

「スイッチインタビュー」という番組をこれで3回見たことになる(クドカン×葉加瀬太郎の回、藤原竜也×長谷川穂積の回、そしてこれ)。この番組を見るたびに、自分も誰かと話したくなる。世間話やバカ話よりもちょっと深いところを話したい、聞きたいと思う。

さて、夜は鍋〜。おでんスープのもとを使って、「あるものは何でも入れる(キリッ」という方針でぶちこんだんだけど、むちゃくちゃおいしくて超満足した。最後はおじやでシメ。食べ終わる前にサクが撃沈して、静かで楽しい夜であった。