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神無月の八 / Eテレスイッチインタビュー 藤原竜也×長谷川穂積

日々 テレビ

●10月某日: 朝、けっこうな雨が降ってる。なのに深夜、博多の病院が燃えてたくさんの人が亡くなった。ショッキングなニュース。夫は通勤途中、号外が配られているのを目にしたらしい。雨がやむまで家にいる。鰯煮と新生姜の甘酢漬けをつくる。雨がやんでから、散歩しながら、郵便局と買い物。

Eテレ「スイッチインタビュー」藤原竜也長谷川穂積の回。期待以上の面白さ。藤原は昔からボクシングが好きで、中でも長谷川選手の大ファンらしい。年はふたつ、長谷川が上。長谷川選手がどんな選手なのか、どんなタイプの人なのかは全然知らなかった。あらゆる職業、性格の人間を演じる可能性があり、役者仲間はもちろん、撮影や照明や美術など専門の異なる大勢のスタッフとも共に仕事をする役者と違って、ボクシング選手って、とてもストイックで、どちらかというと閉鎖的な世界のような気がしていたし、異業種の人と言葉でコミュニケーションすることもあまりなさそうなので、藤原→長谷川へのインタビューはともかく、逆はどうだろう?と勝手に危ぶんでいたのだが、長谷川選手はこのスイッチインタビューをとても楽しんでいた。お互いに親しみを抱き、かつ敬意を払っている様子が伝わってくる。内容も充実していた。

ふたりにはいろいろな共通点がある。10代のころからひとつの道を追求してきて世界レベルに達していること。藤原には蜷川幸雄、長谷川には山下正人という、才能を見出し開花させたメンターと長く共に仕事をしていること。つきあいの長い連れ合いの存在。ここぞという試合や公演初日の直前まで、「嫌や〜帰りたい〜」と思っていること。しばしば見る悪夢(藤原は舞台のセリフが飛ぶ夢。長谷川は、試合に勝つ夢。負ける夢のほうが、起きたときに「良かった〜夢や」と思えるらしい)。長谷川は試合に「作品」という表現を用いるという。負けることで人が面白いように去っていく手のひら返しを味わった経験を語る長谷川。藤原は「仕事は、一瞬でなくなってしまうかもしれないもの」と言う。

互いに底に「怒り」「どろどろしたもの」があると言う。演劇を見たことがないという長谷川が、彩の国さいたま芸術劇場を訪ねて藤原竜也が主演をつとめる「ムサシ」の通し稽古(?)を見る。ものすごく面白かった、と。本気で感心してるのが感じられる。「藁の楯」も見た、と。「あの役は最後まで悪じゃないですか。ほんとすごいなと思って。ああいうときは、(役に)“なりきる”んですか、それとも(役だと)“割り切る”んですか」。藤原は「自分の中にある怒り、・・・・世間に対してなど・・・・どろどろしたものを表出させている」というようなことを答えていた。その怒り、に共感する長谷川。

これは奥さんからの質問、ということだったけど、長谷川からの質問もとても面白かった。質問に答えるよりも、質問をするほうが能力がいる、とはよく言われることだ。もちろん番組なのでスタッフがあるていど台本を作っているのかもしれないけど…。

ボクシング選手の述懐も興味深かった。試合の2週間前から10キロ近い減量をする長谷川。食べ物も飲み物もほとんど口にしないで、真夏でもストーブを焚いた「減量部屋」で縄跳びをしたりバイクを漕いだりする。はじめは「なんでこんなことしなきゃ・・・」とか「思いきり食べたい・・・・」とか思っているけれど、だんだんそれが怒りになって、試合相手に向かう。餓えたライオンと同じで、満腹だったら襲わない。だから、ボクシングはほんとに減量がきつくて、減量がなければ楽しいスポーツだと思うけど、でもやっぱり減量は必要なのだと思う、と説明していた。すごくわかりやすい。そして、チャンピオンベルトを取ったら、本当に世界が自分を中心に回っていると錯覚できる。その興奮は1週間ぐらい続く。だからボクシングはいい、と言っていた。

長谷川は天職だと思う、と言う。「チャンピオンになれたってことはそういうことだと思う」。藤原は「天職かどうかはわからない…。合っているとは思うけど。もういいや、と思ったらスッパリ辞めてしまうこともありえる」。共通点の多いふたりだけれど、長谷川が最後のほうで口にしていた。「役者はずっと続けられるからいいですね。だから大変ってこともあるだろうけど・・・・。自分なんかはもうキャリアの後半にいて、そのあとの人生のことを考えなければらないし・・・」。ほんとそうだよな、と思う。そこには大きな断絶がある。あるいは、そのあとの人生が近づいてきているからこそ、異業種の人の話もことさら興味深く聞けたのかもしれない。

同業者による藤原評。白石加代子「10代のころ、キャリアが全然ないころから、集中力がずば抜けていた。自分がちょっと調子悪いなというときも、藤原さんの集中力にひきずられて乗せられることがあった。なるべくして役者になった方」。蜷川幸雄「世界のトップランナーでなければならないし、人がうらやむ仕事をしていなければならない男」。そう言ったあとで、離れたところにいる本人を仰いで「竜也〜〜〜褒めといたぞ〜〜〜」と叫ぶのが良かった。本当に仲が良さそうで。10代半ばの「身毒丸」のあと、唐版 滝の白糸、ロミオとジュリエットハムレット…と、蜷川は年代に合わせた役(いずれも主演)を次々に藤原に振ってきた。それが、自分の成長(役者としてだけではなく人間としても)につながってきたと思う、と感謝の言葉を述べていた。舞台で演じることを通じて反抗したり葛藤したりを思いきりまっとうできてきた、ということだろうと思われる。それにしても、蜷川あっての藤原竜也であるけれど、蜷川にとっても、藤原はまさに掌中の珠であり、惚れこみ具合がすごいんだなとあらためて感じた。ミューズといってもいいかも。

●10月某日: 一念発起した夫が障子紙の復旧を始めた(子どもたちにビリビリにされてから早1年半…)。が、半面で力尽きた。慣れないことをすると疲れますよな、サクがちょろちょろしてる中での仕事だし。しかも、慣れない体勢でやったため、翌日、筋肉痛に苦しんでいた。私は私で、この日、図書館で借りた古雑誌に載っていたエクササイズをおこなって、翌日、筋肉痛に。でも、筋肉痛ってちょっといいよね。甘美な痛みだ。一昨日ブックオフに行ったとき、今日の活字本の半額キャンペーンの告知をしていたので、再び参上。ちょうど、本棚のキャパシティが上限に近づいてきていて、整理しなきゃなーと思ってたところだったしね。一昨日に目をつけていたものも含めて、6冊購入。売ったのは11冊。差し引きで整理できたのは5冊。・・・・・。いいの。いいんです。こまこまとした雑務をいろいろ片づける。