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『八重の桜』 第43話「鹿鳴館の華」

大河ドラマ

今回は普段にも輪をかけて、玉石混交な45分になってました。

勝手な推測。山本さんは、明治以降の台本も、それなりに骨太に書いてたんじゃないかと思ってるんです。京都府議会開設や、教育史、自由民権運動〜ジャーナリズムや世論の形成〜憲法〜国会など、ドラマにちょこちょこ出てくる表の歴史の流れを見てると、封建時代から近代へと移り変わる時代を描き出そうとする意欲をはしばしに感じるんです。幕末のころと同じように、歴史を一面的に見るのではなく、光も影も含めた時代のうねりを描こうとする意欲を。

襄との結婚や、明治の八重の人物像を、山本さんがどう書こうと考えているかはよくわかりません。ただ、どうも、「よりわかりやすく、よりきれいに、余計な枝葉はとっぱらって」…みたいなプロデューサーの強い意向がはたらいて、いわゆるスイーツな展開になりつつ、ストーリーを進めるために、山本さんが残した骨格をあちらこちらで使用しているような。結果的に、ものすごく雑に切り貼りしたコラージュみたいな作品になっているんです。

「いいな」と思ったら次の瞬間「なんじゃこれ」なシーンになったり、「これ完璧に後付けだね」と鼻白むものあれば、「本来、もっと効果的に使われるはずだったのでは」と思わせるセリフもあったりします。今回なんか本当にめまぐるしくて、ドラマに浸ることはできず、さりとて足で蹴飛ばして寝ることもできず、なんか困るなーって感じです。終始、襄先生みたいな眉根 で見てた気がします。

山川家のシーンはいろいろ良かったです。この人たちはあまり尺を割かれていないせいか、妙な創作もあまりされず、一貫した描き方になっていて、違和感がないんですよね(苦笑)。前回ラストの帰還にはドン引きしていたものの、たった12歳のころから10年ものあいだ、海外生活を送ってきたこの末妹に対して、家族全員があたたかい愛情をもって接しているのがすごく良くてね。

正座ができないと見るや、「ほい」って年季の入った踏み台(笑)を渡して椅子代わりにさせたり、漢字交じりの新聞記事を代読してあげたり。仕は無造作だけど心根の優しさがにじむ二葉のキャラは変わって無くてとってもいいですよね。健次郎も、「率直な物言いは日本では疎まれる」と妹のアメリカ人的思考を冷静にたしなめつつも、「私の10年は無駄だった」と英語で嘆けば、「そんなことない」と即座に英語で返してやるあたり、いいお兄ちゃんすぎて・・・(涙)。意識せずに見るとクネ男は蘇らないですよ(とわざわざ付記しているあたり気になりはするのだがww)。

健次郎だけでなく、二葉が東京女子師範で教鞭をとっていることや、のちに昭憲皇太后の女官となり明治天皇の通訳もつとめたという操の活動など、きょうだいたちの活躍の端緒が描かれているのも、俊英ぞろいの山川家を印象づけてくれました。それでいてなお、暮らし向きが厳しいのは、やはり今も会津の人々を援助しているからで、捨松はそれを見て「私もはたらかなければ!」と思い詰めるあたり、彼女もやっぱりこの家の娘なんですよね。とてもいじらしい。

ただ、ちょっと、希子ちゃんの演技がところどころかなり危なくてねww 恋が実ったときに初めて笑顔になる、っていう演出だったとは思うんだけど、ちょいちょい、聞き分けのない子どもがふくれっ面してわがまま言ってるみたいに見えてしまって。当時20歳すぎといえば立派な大人の年齢だし、高学歴っていうか超学歴の才媛なのだから、怒りや悲しみにしても圧倒的な気高さが欲しいわけです。とはいえ若手美人女優多しといえど、異邦人としてのあの存在感は誰にでも出せるもんじゃない。ビジュアル重視のキャスティングは良かったと思います。

浩とクネ次郎(あっ…)が縁側で酒盛りしてるのがちょっと映ってるのも良かったな。書生さんとかが寄宿してるし女きょうだいは多いしで、普段はワイワイしてるんだろうけど、あんなふうに時々、兄弟水入らずで飲んでたのかなーって思うと楽しい。イカかなんか炙りながらね。大所帯の大黒柱として、皆の人生に責任をもって生きるのを当然としている長兄を尊敬しつつ、同時に今でもちょっとしたきっかけで「切腹しろ!」と言い出しかねない気性を誰よりよくわかっていて(笑)、うまく操縦してるとこもあって…みたいな、秀才かつ人格者の弟ww

そんなヒロシが京都にやってくる(もうこのころは、京都に“くだる”って言い方をするようになってたのかしら?)。覚馬との再会は、胸が熱くなるような場面になるはずなのに、ヒジョーにビミョーで。てか、この場面で山本兄妹がどんな顔してどんな言葉を発しようと、たぶん同じだったよね。その冷めた気持ちはこれまでの描き方に起因している。こんなときだけ口先で耳触りのいいこと言っちゃってさー。と思っちゃう。

あだやおろそかに口にしない(できない)ほど後悔している、という意味で、覚馬を会津関係に寡黙に演出しているんだと思うけど、なんか単なる薄情者なんじゃないかっていう思いが拭えないんだよね、見てて。片や、山川家では書生さんたちに酒を飲ませたり、わざわざ遠方に送金までして「だから貧乏なんです」って描写をしてる。山本家のうら(や尚之助)に対する仕打ち(仕打ちとしか言いようがないww)と、いやでも比べちゃうじゃないのよ。こっちじゃ、本人が固辞したからって、濃い縁戚ですら放置プレイですからね…。

なんか、多少の歴史の知識があるうえでドラマの感想とか書いていると、「歴史に詳しい人は史実史実っていうけどこれはドラマだから」って“史実厨”扱いで反発されることがあるんだけど、そういうわけじゃないんだよ。もちろん歴史に対する最低限の敬意を失ってほしくないけど、「ドラマだからドラマとしての説得力をもたせる」ことは大前提だと思ってるんです。

確かに、山川家は実際、最後まで会津関係者の面倒を見ていたという確証がある。確かに、山本家が離縁後の尚之助やうらを援助したという記録は残っていない。また、襄と八重は実際に洋館で洋風な生活をしていたし、覚馬は選挙権(被選挙権)を持つぐらいに高額納税者だった。だけど、そういう史実どおりに(記録の有無にしたがって)そのまま描けばそれでいいってもんじゃないよね。あえて再会させるなら、そこらへんのディテールまでフォローして創作してくれないと浸れないって言ってるの。

実際は山本家だって会津人を庇護したり、八重さんは薩摩っ子を露骨に冷遇したりしていたそうだけど、それを描かない(どころか薩摩っ子に土下座までしちゃう)のは、ドラマでは「出身藩などにこだわらず、世界平和を希求する近代的・開明的山本家」を強調したいからなのかな、とは思う。だけど、あっちではああ描き、こっちではこう描き・・・って、全体を見たときに、まるでチグハグで、バランスが悪いんですよね。そういう目配りの雑さが、作品のクオリティを著しく下げてるよなーと感じて、ぶつくさ言わずにいられませんw もっと言えば、今、山本兄妹が考えなしの薄情者みたいに見える描き方をしてることが、歴史に対する敬意を失った状態だと思ってます。存在したふたりに対する冒涜でしょ(ぶつくさ)。

そう、覚馬と浩が男泣きに泣いて再会してる後方で「そんじも、こうしてまた無事に会えたんだから」とか何とか言ってニコニコ笑ってる八重ですよ! おまいは! 鼻の奥がツンとしたりはしないのかね! あの能天気な笑顔には軽く寒気がしたわ…。

むしろ時栄ちゃんのほうが万感胸に迫って、普段、表向きのことには寡黙なのに、ついつい「だんなさま、よかったどすな」なんて声かけちゃったりしてね。あの子は会津のことは何ひとつ知らなくても、戊辰の頃に、捕まって、どんどん体も悪くなっていきながら、とにかく会津を救いたくて仕方がなくてじりじりしている覚馬のことをつぶさに見てきた数少ない人間なんだよね(そういえば、松方弘樹どした? このままフェイドアウトか?)。会津の家老で斗南の大参事になった浩と覚馬が手に手をとりあえたことが、本当にうれしかったんだろうね。

(そして覚馬が見事にガン無視。おいおいおいおいおい奥さん大事にせいよ、っていうww なんか最近、このフラグを立てつづけるのに全力出し過ぎじゃない?ww)

や、八重たんのスマイル0円は、浩いわくの「立派なご主人と一緒になって幸せな八重」の描写の一環だったのかもしれんけど、それはなんか方向が違うと強く感じたね(あとで詳述)。

浩のセリフの続き。健次郎や二葉、八重のように、教育に携わることこそが会津人の道かもしれない、「人を育てるのは国を育てることだから」のセリフは、籠城戦の夜に「国とはそこに住む人のこと」と言った尚之助や、「国とはpeople。人々のことです」と言った襄の信念と通底するもの。これこそが、「八重の桜」というドラマにおいて、会津編と明治編との懸け橋になる根幹の概念だったと思う。今、そういったセリフだけが、時々、バラバラになった骨格の残骸のように覗くのだけれど、ドラマがあっちこっちにブレブレなので、本来の感動を与えてくれない。

まあ浩の苦渋が正面切って描かれることで、視聴者としても心から共感できて良かったよ…。浩(山川家)にしか共感できないってのが、ドラマとして考えたときにどう考えてもおかしいんだけどね…。「時が過ぎるのが怖ぇ」「俺だけは忘れちゃなんねえのに」浩ぃぃぃぃぃ(涙)。日光口の戦いも西南戦争での熊本入城も、かっこいいとこはほとんど全部スルーされて、「俺は鬼になる!」とか「西郷、なんで会津を滅ぼした」みたいな場面ばっかり放送されてきたのに、なんて、なんてけなげな子(号泣)。

会津戦記」を読みながら「川崎先生…」とむせび泣く姿なんか、もう、見てられないほどかわいそうでね(泣)。「登勢、会いてぇなあ」も泣けたよ。その背を見つめる捨松ちゃんがあられもない泣き顔で号泣してくれたのも有難ぇ描写だった。もちろん命を落とした人々の無念ははかりしれないけど、生き残るって、一生、こういう呵責や叶わぬ渇望がつきまとうことでもあるんだな、って思えるよね。

あ、相変わらず「会津戦記」の創作には否定的な私なんですけど、最悪、手記が遺されてたとして、「会津戦記」ってタイトルがつけられてなかったら、この怒りは半減してたかも、とあらためて思いました。架空のものにタイトルまでつけるデリカシーのなさよ。あと、今回の放送では、「会津戦記」を覚馬が妙に堂々と浩に渡す所作も疑問だった。「読んでやってください」とは言ってたけど、なんだろう、覚馬は浩と共犯者か、もっと罪悪感をもっていて然るべきだと思うのに、なんか傍観者っぽいスタンスに見えて。

浩に戻ると、捨松についても、「洋学を身につけ会津の汚名を雪げと、まだ12の妹に重い荷を背負わせました。せめて職を見つけてやりたくて・・・」ってセリフがとても良くてね。玉鉄は古き良き時代の長兄っぷりがすごくハマってて、だから、このあとで「妹を道具のように言うな!」に始まるバカ兄貴っていうかバカ男っぷりもすべて愛せるww 

捨松と巌の恋もようは、私はおおむね面白く見てました。巌はほんとは米倉斉加年さん(@坂雲)がドンピシャなんだけど、まあ美男美女化はドラマの宿命だし、希子ちゃんと話す反町には包容力と恋に落ちた男のかわいさ(愚かさ/キモさ)が同居してたように思う。惜しむらくは、大山巌の、明治政府でも一、二を争う洋風かぶれっぷりをもっと押し出して、「異邦人として孤独をかこつ捨松にとって唯一の理解者になりうる男」をアピールしてほしかった。英語をチラッと話すだけじゃ足りなかったと思うんだけど、これは、捨松にはあたたかい家族がいることを描くのも必要なドラマなので、わざと強調しなかったのかもですね。

あと、「おはんは外国人なんかじゃなか。誇り高き会津のおなごでごわす」って感動のキメゼリフに至るまでのエピソードが薄かったのも、ちと残念だったかな。巌がこのセリフを言うこと自体には違和感がないのよね。板垣にしろ、巌にしろ、実際に会津と戦ったことで一種、会津に畏怖や敬意を感じるシーンが描かれてきたから。ただ、ワインをこぼして自分で拭く姿を見て「誇り高き・・・」ってのは、もしかしたら、「敵に引き渡すべき鶴ヶ城を拭き清めた会津の女たち」のシーンに呼応するものとして作ったのかもしれないけど、あまりにチンケな気がしましたww

で、問題の腕相撲なんですけどw 長々と書いてきていい加減疲れてきたんでササッといきたいんですが、ああいうコメディタッチ自体が悪いわけじゃないんですよね。一年間という長丁場の中では、「回想回」と同じく「ギャグ回」があるのも大河の伝統であります(笑)。

京都での殿の苦渋や、籠城戦で流れてきた重々しくドラマチックな劇伴に合わせて、これまで終始理知的かつ人道的な姿を見せてきた健次郎までもが「薩摩人が弱き会津者の家に嫁取りに来るのは、女相手に腕相撲とるようなもの! 今度こそ負けらんねぇ!」とか超理論に走って八重に託したり、襄先生が「大山様、後悔するかもしれませんよ…」と妻の腕力を知り尽くした発言をしたり、浩が血の気の多さを剥き出しにして「うてーっ! うてーっ!」と連呼しまくったりと、「全然センス良くないけど一周まわって笑うしかない」って状況に追い込まれたんですけどww 「やっぱ根本的に、ねーよ」って思ってます。

「自分たちが結婚することで薩摩も会津も過去から解き放たれる」「都合いいこと言うなや、薩摩の人間が!」 「海外に出れば薩摩も会津も同じ日本人です(←娘ほど年の離れた捨松からの受け売りw)」 「寝言は寝て言え、ここは日本だ」 「そんな狭い料簡ではいつまでも西洋諸国に追いつけない」 「笑止! 薩長の狭い料簡で政治してるくせに」 正論と正論…というか詭弁と詭弁…というか、とにかく激しく火花を散らし合う両者! さあ、どうやってこの論戦をまとめるんだ?! てとこで、「腕相撲で決めましょう」だもんなー。ない。ねーよ。

「戦争という傷から立ち上がる」っていう、ドラマの主題を、こんな方法でうやむやにされるのがイヤ。戦争の恩讐を簡単に乗り越えてるみたいにみえるのが、ほんと、やだ。八重さんの、つるんとした、心になんの凹凸もなさそうな人物像がしんどすぎる。

確かに前向きに立ち上がる姿を描いてほしいし別にあてくしS(登場人物をいぢめたい)でもM(鬱展開希望)でもないけど、戦争の傷って、そう簡単に癒えるものじゃないと思うの。そりゃ日常では笑ったり新しい恋をしたりすると思う。でも心の奥深くの悲しみや憎しみはきっと消えない。

「戦はいやでございます」に走りがちなスイーツ大河全部に共通してるんだけど、そんなお題目を唱えるだけでは、全然胸に響かないんだよね。「八重の桜」の場合、明治という「長い戦後」でもある時代を描くなら、ポジティブとネガティブとを行きつ戻りつする人とか、人知れず葛藤し続ける人、ついに最後まで過去を乗り越えられない人、そして新しい世へはばたこうとする人、旧世代と新世代の相克…などなど、もろもろに筆を割いて描いてこそ、その時代を生きた人々への哀憐と敬意を喚起させ、戦争がいかに甚大な傷を残すものか思い知らせることができると思う。

勝負がついたあと、「15年の時が流れて、かつて銃を撃ち合った手で腕相撲ができた。この手は形を変えると・・・ほら、シェイクハンドです」と襄がまとめたとき、「何ちょっとうまいこと言ってんだボケー!」と、ものすごい嫌悪感がこみあげたんですよね。結局、このシェイクハンドをさせたいがための腕相撲だったのか。大河ドラマの末永い繁栄を願ってるけど、こういうの見ると、「こんなきれいごとを大河と呼ばねばならぬなら、大河など逝ってよし!」(←“逝ってよし”ってなつかしいww)とちゃぶ台ひっくり返したくなります。

けど、あとになってつらつらと考えるに(あとになってまでつらつらと考えるのが大河オタの証ww)、戦争相手への憎しみって、こうやって相手の出身や地位や属性をとっぱらって、その人自身と触れ合うことでしか、解消されないのかなあって…。土下座回での「実際に会ってみれば憎しみなど湧いてこない」も同じなんだけど。その、「属性をとっぱらって、自分自身、相手自身で虚心坦懐に」ってとこまでもっていくのが一番難しくて、それを強引にやってのけるからこそ主人公…ってとこなんだろうけど、まあ、八重さんて実際、そういう肝っ玉の太さはあったんじゃないかなって気はする。ブルドーザーみたいなw

ただ、明治の八重さんて正直言ってあんまり評判がよろしくない部分も多いというか、聖人とか良妻とかいうイメージとは遠くて、でもそれは、裏返せば、人の目なんて気にせず、銃器ならぬ重機のようにガシガシいける人だったからこそ、激動の時代をたくましく生き抜けたんじゃないかとも思う。「カーネーション」の糸子みたいな。八重さんはスタイルこそいっちょまえの奇人だけど、全体はどうも愛されキャラでいってて、なんか、いいとこどりしようとしてる感じが解せん。てか、やっぱり、ここに至るまでの八重さんが、どうもなーーーー。日ごろの行いって大事よね…。

結局、艶や佐久のような旧世代は蚊帳の外で決まったし、二葉があの場にいなかったのも不満。恋愛結婚を推す話なんだから、二葉だけは先に妹の気持ちに気づいて、平馬への気持ちを思い出して影ながらでもそっと応援してほしかった。てか、平馬もこのままフェイドアウトなのか。会津編で一瞬出てきたMEGUMIの立場はいかに。

巌だって、親愛なる西郷さんを自分の手で討つという苦い経験をせっかく描写したのに、そこに触れないしさ。だいたい、八重さんたら、アバンタイトルで体調の悪い襄を心配しながら、目をキラキラさせて「東京に行く用事はないのですか?」だもんな。新幹線で京都−東京2時間半、みたいな時代じゃないんだよ? ほんと、いろんなところで、その場限りの話になってるよなーと思う。浩の「この屋根の下では兄上と呼んでもらおうか」は、ギリギリ、ありな気がする。浩はそういうキャラってことで昔から(ロシア帰りから)一貫してるのでwww

鹿鳴館で弟とふたり、壁の花になりながら(cf.伊藤さんには椅子あったね)浩いわく、「俺が忘れない限り、相手も同じ。会津は逆賊と呼ばれ続けるだろう。それでも100年後には、会津は日本の誉れと言われる日が来るかもしれない。それは若いおまえたちにかかっている」。これはほんとにいいセリフだと思いました。

浩は尚之助や登勢や…戦争で死んだ人、苦しんだ人のことを忘れないから、これからも薩長と進んでシェイクハンドはしないだろう。巌だってそうそう山川家に顔を出したりしないだろう。この結婚は本当に第一歩に過ぎない。でも、大きな意義のある一歩。浩はこのドラマの明治編にあっては「旧世代」であり、若い弟妹たちが新しい時代にはばたけるよう、整えてやることこそが役割なんだなあと思った。その役割は、地味なんかじゃなくて、すごく大きいと思いました。

この「100年後には…」というセリフは、襄が勝先生に言った「100年後、200年後かもしれない、それでも今始めなければ」と呼応してるんですよね。さらには、遥か昔に勝先生が覚馬に言った「100年後のことを考えろ」に呼応してる。100年先を見はるかして繋ぐしかない希望。100年先を見越して取り組まねばならない難事。同じ長い時間について、両義性っていうんですかね、異なった言及がなされていて、深みがあるなと思いました。前述のように、浩は人間性が一貫している幸運なキャラなので、このセリフもじんわりきました。

鹿鳴館の椅子に座った伊藤が「美しい女だ。しかも、若い」と言った瞬間には、「捨松っちゃん、逃げて————!」と叫びたくなりましたよねww そいつの女漁りハンパないから!!! こういうのは、細かく解説しなくても「わかる奴だけわかればいい」(by花巻さん@あまちゃん)ってネタでいいと思います。

や、伊藤が完全に柄の悪い悪役になってるので、この辺、もうちょっと掘り下げて人間味を出しても面白いのかな、とも思うんですが。今回は、冒頭で、「黒田清隆の名前を出さずに」女子留学生国費留学の経緯や帰国後の冷遇の理由がつらつらーっと語られる場面がありましたが、特に歴史に親しんでない方々も、あそこ、興味深いと思っていただけたでしょうか。

同じく、次回に繋がるラストで、「憲法によって国会開設するのは必須事項だけど、選挙とは民意の風向き次第で甚だ心もとない制度。強力に国を支える官僚組織が必要だから、東大さんよろしくネ」と伊藤が言うシーンも、「こうやって官僚主義が誕生するのね!」ってな、とっても面白い場面でしたが、伊藤にあまりに悪そうに言わせるわ、クネ男のくせに清廉潔白な「意義あり!」が出るわで、「官僚=庶民の敵っていう黒歴史の始まり」みたいな捉え方をした視聴者が多かったんじゃないかと思えて、ちょっと疑問に思える演出でした。

どんな出来事にもやっぱり時代の要請というか、歴史上の必然があって、ひとつの物事を、一面的に善か悪かで決めつけては、見えないものがたくさんある。幕末の会津藩を見てきて、そう感じた視聴者はとても多かったはずなのです。そういった作風こそが八重の桜の最大の美点だったと思います。襄の「あの小さなお嬢さんが10年も苦労しながら身につけた学問は宝ですよ」のような、折々に語る教育論も、見せ方を変えればもっと物語の背骨たりえるのに、いろいろブツ切りでほんともったいないんですよね。