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鬼アプリから派生して〜子育てのいま 5(完)

夕方近く、公園を通りかかると、小学生がズラッと並んでみんなそれぞれDSみたいなの持ってゲームしてたりする。うわー、と思う。でも、公園には「球技禁止」と書いてあったりするからね。昔と違って安全性を重要視された遊具は、小学生にもなれば全くスリリングじゃないし、これじゃ、しょうがないよなあとも思う。家でひとりでやってるよりいいのかな、とか。

なんか、こういう、いろーんなことを、「時代が悪い」とも言いたくないんだよね。歴史好きとしても、子育て世代としても。

どんな時代を見たって、問題はあった。戦争や搾取や貧困や公害。差別。これまでの時代にはこれまでの時代の、今の時代には今の時代の、問題があるということ。いじめや、犯罪(少年犯罪を含む)だって、ずーーーーーっと前からある問題で、撲滅なんてきれいごとでも、やっぱり向き合っていかなきゃならない。とにかく、いつだって人はたくましく、またささやかに生きてきた。そこに、時代を問わない等しく大きな価値があると思ってる。もちろん現代も。

今のこの時代、スマホタブレットや幾多の情報が氾濫している(ように見える)時代でも、特別危険で悪くて、鬼アプリだなんて世も末だ〜、と言いたくない。子どもたちに「君たちは最低最悪な時代に生まれてきたんだよ」って言いたくない。「せめて君だけでもしっかりしないと、周りは流行に流されたり便利さに飛びついたりする人ばかりだよ」って言いたくない。私自身、まだ30代。自分が生きてる時代を「人間性が失われた(失われていく)社会」だなんて思いたくない。ていうか、ふつうに思ってない。家族いるし。友だちいるし。濃いのから薄いのまで、いろんな人間関係の中で生きてて、有難さも煩わしさも感じてる。

だからって、今ある問題を甘く見てるわけじゃない。小さい子が家にいるからこそ、それは切実に感じる。深刻に受け止めざるを得ない。この国は尻すぼみになっていくんだろうな、と半ば思ってるとこもある。詰んでるな、って。今は、子や孫に財産を遺せるひとが一定数はいる。でも、その子どもたち・・・私たちの世代が70歳になったときに同じことのできる人は、ものすごく少なくなってると思う。年金はどうなってるか、仕事は、国家財政は、自然は、そもそも原発は…。心配ごとはいくらでもある。

ただ、ひとついえるのは、私たち現役世代には「詰んでる国に生きている」という認識がある。「給料が上がっていくのは当たり前」とか「国が何とかしてくれる」とか、まず誰も思ってない。時々、親の世代の人たちと話していると、「お金は何とかなるから」って言う人がいる。「うちも昔は厳しかったのよ。でも旦那さんががんばって働いていれば、だんだん良くなっていくから。だから奥さんは家にいて子どもをしっかり見るのが一番」とかなんとか。私たちは、そうは思ってない。とても思えない(よね?)。だから、違う価値観を、違う生活スタイルをもって生きてる。デートは割り勘だし、高い車に興味ないし、結婚式にお金をかけず、男も女も一生働いていくのが当たり前と思ってる。しんどいな、と思うけど、かわいそうだな、と思われたくはない。

この時代に、そういうふうに生きていく私たちが扱っていくツールのひとつが、ITなんだろうな、って思う。

なんか、拙ブログ史上でも、クッソ長いのに最大にわけわかんない記事になりましたが、終わります。

自分は現場の人間だから、かんたんに楽観も悲観もできない。盲目的な賛美も、思うさまdisって終わりにもできない。絶望せず、でもシビアに時代を感じて、向き合って、考えていきたい。それが私にとって現実で、実感だ。(おわり)