『八重の桜』 第28話「自慢の娘」

今週は主要登場人物で死に瀕するのが登勢さんぐらいだったこともあって(って、ひどい言い草だけど、このドラマ毎週見てたらそういう心もちにもなるってもんだ)、先週ほどにはつらくなかったです。サブタイがサブタイだからして、もう最初から、マッチゲお父っつぁまが出てくるだけでじんわり泣けそうだったんですが、サブタイ詐欺でした。や、別に父上が死ぬだなんて一言も言ってないけど・・・ここへきて「自慢の娘」だなんて、フラグでしかないやん。

秋月さん、「頼母さまが大変なことに」と八重に言ってどうする、という感じなんですが、この3人は八重尚の祝言の際にもよしみがあったからして、私はことさら妙にも思いませんでしたね。秋月さんが蝦夷に旅立つ折に夫婦で訪ねていく場面もあったし。覚馬も広沢さんも不在の今、秋月さんは城の男衆に気安い人がおらんのかもしれんね・・・とか余計な想像までしたりして。

頼母と3人でのやりとりもとても良かった。「逃げるのか、城を捨てるのか」と頼母を半ばなじる八重。重ねて「お殿様はどうしてこんなことを」と上意を疑うような発言に及んだとき、無礼だと怒鳴りつけるのだが、これが、頼母が殿の仕打ちを恨んでいないことを示すようでもあり、事実上の失脚とはいえ家老としてのなけなしの矜持のようにも見えて含蓄があった。

続くセリフでは「人にはそれぞれ信じる道がある」と自らの道に自負をもっているふうだったが、去りゆく姿に「頼母はこの先、函館戦争に身を投じていく」というナレーションがかぶせられたことにびっくり。だったら会津でみんなと戦って死ぬ方がいいんじゃ?!とか思っちゃうけど、つまりそこまで、会津の他の首脳陣との対立が深刻だったのかなあとか、藩を失い家族も嫡男以外いないし、結局、行き場がなくて死に場所を求めるようになったのかなあとか、いろいろ想像させられる。わかりやすい説明をされないとスッキリはしないんだけど、想像に任せられてイヤな感じはしないドラマだ。人間の行動ってそう簡単に説明のつくもんじゃないし、かえってリアルな感じもする。

頼母に対して「今この状況で恭順を口にするのがもっとも勇気がいる」と理解を示すのが秋月、というのもいい。彼の人柄や、冷や飯を食わされた過去を感じさせられるし、何より、ショボい大河ではこういうとき、唯一の理解者になるのは主人公、と相場が決まってますからね。そこへ来ると今の八重さんは「逃げるのか?! この期に及んで恭順だと?!」ですからね。彼女もまだ「あまちゃん」なんですよね・・・ってドラマが違うw

会津の歴史に詳しい人ほど、頼母という人物に懐疑心をもっていて、本作における描き方にも、西田敏行という史実よりずっと年上で大物の、しかもヒューマニズムの香りの強い役者を起用することにも否定的な見方をしているように見える。私も一時期、「頼母ってなんなの」ともやもやしていた時期はあったけど、基本的に本作が始まるまで会津に無知だったせいか、今は、割とすなおに受け容れることができている気がする。

史実はどうあれ、このドラマの頼母はやはり会津の息吹がもっとも大事で、故郷で滅びの美学を弄びたくなかったのであり、かつ、愚直なまでにその思いを繰り返すのみで、実務的には無力な存在だった。弱きに目をかけたり、死んでいった者たちの思いを背負おうとする人間性をもっていたけれど、組織の中で存在感を発揮する能力がなかった。そういうことだと思う。西田敏行は非戦という正義をふりかざす「後世からみた英雄」としてではなく、「こういう思いをもつ人間もいた」という哀れなまでの愚直さ・無力さを体現して存在感を放つためにキャスティングされ、自覚的に演じたのではないかと思う。

この作品における●●像というのは容保も同じで、彼は城を出た頼母を思い、「生きよ」とつぶやく。ことさらな説明をしないドラマにしては直截的だったけれど、ここは旗色を鮮明にするのだという作り手の意志なんだろうなと。史実では頼母には城からの刺客が放たれ、それは容保あるいは梶原平馬の指図によるものだという説があるとか。けれどドラマの容保は「生きよ」です。神保修理の最期に際した容保を思い出す。実際の修理は容保との面会も許されず、現場の人間が出した偽の君命で切腹させられた、ともいわれるけど、ドラマでは容保に理解され、涙で謝罪されながら死んでいったものです。

容保は、家臣のひとりひとりに目をかけ、その思いを汲み、受け止めてきた主君なんですよね。古くは品川砲台の守りについて大地震に遭った家臣を悼んだり(懐かしすぎる涙)、病身の横山主税を労わったり、いっとき職を解かれていた秋月を気にかけたり、激務の修理に長崎でのリフレッシュ休暇を命じたりもしていました。

よその土地から養子でやってきて殿さまになった容保は、会津に伝わる峻烈な御家訓を遵守しました。そうすることでしか主君としての存在意義を示せませんからね。そのことで京都守護職なんていうとんでもないババを引き、なんだかんだで今に至るわけです。けれど藩士たちは、会津の志に対して献身的な殿だからこそ心から尊敬してついてこられたし、容保もそんな藩士たちを心から大事にしていた。だから、このドラマでは、神保修理は理解され、また田中土佐神保内蔵助は「幕府でも徳川でもなく、最後は会津のために戦えた」と満足しながら腹を切り、「死んだ者たちを思うとどうしても腹を切れない」頼母は、「生きるために」城を出される。

むろんそば近くにあった家臣が死ぬたびに慚愧の念に堪えない容保なのだけれど、今回、藩士たちの思いに報いようとしてきた彼に小さな救いがあったのが、見てて何だか本当に複雑なんだけどうれしかったんですよね。それが八重と、また佐川官兵衛とのシーン。藩士でない女子である八重が、幼いころに容保にかけられた言葉を大切な思い出として抱いてきたこと、今この難局にあっても城内の女子供たちは団結していることを告げる。また、出陣前の佐川官兵衛は、若いころ人を殺して切腹すべきだったところ容保の一存で救われたことを終生の恩に着ている。

女の八重や、罪を犯した官兵衛は、本来ならばどちらも藩主に顧みられるはずのない存在でありながら、容保の声で救われた。そして今、非常時であればこそ、平時には目通りもかなわない八重が決意を述べたり、官兵衛が主君相手に身分不相応にもべらべらと自分語りをすることによって、容保自身が小さく救われている。官兵衛の語りを聞く容保は、久しぶりに顔の筋肉がゆるんでいて、その顔が本当に良くて、うわーってなっちゃいました。最近、血管切れるんじゃないかしら、って顔ばっかりだったからね、ほんと・・・。

ちなみにこのシーンの中村獅童は歌舞伎の素養を前面に出した演技をしていたので、なにげに綾野剛「受け」の演技が難しかったんじゃないかと思うんですが、とても自然に、ほんとに良い顔してまたね(2回目)。最初の、「出陣の祝い!」っていう言挙げが、滑舌といいアクセントといい、「こ、これで大丈夫なのか?」て危うい感じだった気もしますが、異様な緊張感と悲愴感が漂っていてよかった、てことにしとこう(笑)

容保自身は自分を「会津藩主という器」であればよいと思っていたふしがあるというか、基本的に無私の人ですよね。私心と呼べそうなのは孝明帝へのラブくらい(笑)。清らかな忠心だけが私心ってのもすごい話だけど、あの日々で、容保は「主君(彼の場合は帝)を心から恋い、主君に肯定される喜び」を、身をもって知ったともいえる。だからこそ、今、官兵衛や八重が示す自分(主君)への思いに、より打たれただろうし、主君としての自分が肯定された気持ちもひとしおだったんじゃなかろうか。

容保と家臣たちを見ていると、現代とはまったく異なる感覚でもあるけど、とても人間的で有機的なかかわりをもっているなと思いますね。そして、今は破滅に向かっているけれども、こんなふうに「とても人間的に」主君に己の存在を肯定されてきた人々や、お飾りではなく芯から慕われてきた容保は、もしかしたら幸せだったのかもしれないという思いもチラリと胸をかすめます。

で、官兵衛のシーンがかなり長いのはいい話だからってだけじゃなく、遅刻というオチのための前フリのためだった・・・。や、史実(とされている)だから文句のつけようがないんだけど、なんか苦笑。作り手さん、そこをわざわざやりますか、っていう。笑っていいのか泣いていいのかわかんない(笑った)。「そういうこともあるかもな」と思わせる中の人のキャラ力www あと、すぐさま「うっかり官兵衛」と絶妙なネーミングするネット民たち、自重www

しかし実際、「連戦の疲れ」は深刻だよね。睡眠不足は判断力もポジティブさもすべて失わせていくので(だから洗脳するときは睡眠不足にさせるんだよね)、ここでカーッと寝倒せた官兵衛は健全なのかもなあ(もちろん、それで圧倒的な不利になって失われた多くの命を思えば結果オーライとはとてもいえないが)。周りが起こさなかったのも、周りも疲れてるんだろうからこれ幸いと休息を貪っていたり、「行かないですむならそれにこしたことはない」って気持ちもあったのかなあ。不思議な史実だ・・・。

もう一人の面会者、八重のほうは一応いい話が繋がっていて、今や明らかに籠城戦に一役かってる娘を見て、マッチゲ権八父さんが「あの子が鉄砲を学んだのは間違いではなかったかもしれない」と呟くのですね、風吹お母さんに向かって。「闇の中でも小さな穴があけば、そこから一筋の光が差し込んでくる」「それが八重の鉄砲か」。なんという示唆に富んだやりとりなんでしょう、そしてそのセリフになんと説得力のあるドラマが積み重ねられてきたことでしょう。チビ八重が黒い的を撃ち抜いた穴をいちずに見つめる回想シーン。ここまで後のシーンを想定して撮られた絵だったのかどうかはわからないけど、とにかくぐっときました。

八重と容保との再会には、ふたつの物語の収れんというだけでなく、ふたりが「相救われる」とでもいうような意味あいがもたされたんだなあ、と。ちなみに容保さん、女子と話すシーンめっちゃ久しぶりでしたね。このドラマでは、我らが(懐かしの)ケーキ公こと小泉孝太郎氏も「出番多かったけど女性とのシーンがいっこもなかった」とこぼしてましたねww

閑話休題。女ながらに高い技術と強い心で闇にさしこむ光になり、ついには藩主に直接、その思いを伝えることまでできた八重。滅びを前にした今なお、家臣、女子供のすみずみにまで慕われていることを直接伝えられた容保。こんな状況になってしまったからこそ輝くものがあり、救われる心もある。とても皮肉だけれど、そういうことって私たちの生活にも往々にしてあるし、幸や不幸はそれだけファジー(この語彙なつかしいですね)なものなのだ。

ただし、もちろんこれで良いのかといえばそうではなく、白虎隊や娘子隊含め、無念の死が無数に転がっているわけです。焼玉押さえとか、飛んできた弾の射直しとか、雰囲気良く、雄々しくやってるけど、確かに士気を保つという意味では非常に有意味だとしても、やってることはハッキリいって末期です。無理ゲーすぎる。ラストの登勢の爆死・・・! 成功したかと思わせるような、タメにタメてからの吹っ飛び方が作り手の超ドS発揮だったorz  そして崩れ落ちた壁から見上げるとその威容は見る影もなく砲弾を撃ち込まれているお城が。女性陣の絶望の表情がすごかった・・・。

これまで胸中を語らないままきた容保だけど、つまりは「家臣たちの思いを背負って」戦に踏み切ったのだろうと今は思っている。彼自身の屈辱とか怨嗟とかじゃない。会津藩士たちの声という声が新政府軍を迎え討とうとしていたから。白虎隊を戦場に送り、長年の苦楽を共にした家老たちを失っても、みなに戦意がある以上戦を続けるしかないのだというのが主君としての容保の選択だった。

来週はついに開城となる。現実には落城という形容がふさわしかったのかもしれないけど、開城。城を落とされてやむなく・・・ではなく、中にいる者が自分の意思で城門を開く、という言葉だろう。頼母も去った今、それを言い出すのは容保でしかいないのではなかろうか、と思っている。会津のために戦いたいという思いに添って戦ってきたけれど、こんなにも慕われているとわかった今、城壁と共に人々の心もズタズタになろうとしている今、容保が、会津のために戦をやめる決断をするのではなかろうか。

そして、八重。生粋の会津人であり、心ならずも戦によってこれまで学び習得してきたものを発揮できる機会を得た八重。今回「友や仲間を失っても戦い続ける」と凛々しく言い放った八重(今のところ、それが彼女にとって、頼母が言う「強くなれ」の意味なのだと思う)が、戦が終わるとき、また会津が新政府軍に降って蹂躙されるとき、そして鉄砲の家に生まれた娘が鉄砲を手放すとき、何を思うのか。予告の尚之助のカットが意味深に思えてならんし、来週が待ちきれません・・・!

あそーだ、あんつぁま。安定のちょいエロ劇場でした。なんであんなふうに絶妙に、胸元から肩まで、はだけさすかねぇ(喜んでるくせに)。「あきまへん!」と大垣屋にひっぺがされる姿もちょっとMっぽくて・・・(最低)。