『街道をゆく 33 会津のみち他』 司馬遼太郎

タイトルから、今この時期、私がこの本に対して何を求めたかは容易に汲みとっていただけるだろう・・・。「会津藩」と題された章は、冒頭から、「八重の桜」の番宣番組で原文をそのまま用いられた。この稿のための司馬の奥州訪問は「戊辰の百二十年祭が盛大になされていた年」とあるから、1988年である。今、それからさらに四半世紀のちに大河ドラマ会津人たちの物語をやっているわけだけど、読んでいくと、今回もこのころの認識を採用しているんだな、と少々驚いた。まあ、会津藩士であった山川浩の遺した「京都守護職始末」や同じく柴五郎が編集者石光真人に編ませた「ある明治人の記録」などは動かしようのない一級資料なんだろう。容保がついに京都守護職を受けたとき、西郷頼母田中土佐が駆けつけて国元から駆けつけて翻意を乞う一連のやりとりは、「京都守護職始末」にあるもので、そのままドラマ化された(このドラマ屈指どころか歴代の名大河に伍する名場面だったと思っている)。

会津編の末尾は「容保記」と題された章である。幕末から会津戦争に至るまでの容保の動き(動かされ方、といったほうがいいか・・・)はドラマで見てきたとおり。目を引くのは、「容保は、篤実な性格のせいか、逸話というものがなかった」という一文で、これが、同じく維新後の長い年月を表舞台に立つことなく生きながら、後半生も逸話だらけの(カメラとか自転車とか・・・)ケーキ公との決定的な違いであろう・・・(苦笑)。本書には取り上げられていないが(近年の発見?)、明治も下ってから慶喜と容保とが文通していたことがわかっているらしい。ドラマでそのあたり・・・と舌なめずりしちゃうところだけど、とんだ蛇足かな。

さて、司馬のこのシリーズだから、本書では奥州の長い歴史のあちこちの時点が切り取られ光を浴びていて、それがことに興味深く感じられた。私が今、奥州・会津の歴史といわれれば、真っ先に幕末のことを思い浮かべるわけだけど、有史以降一千年以 上の歴史があっての、八重や容保が生きている幕末の奥州なのである。

古代の都人が「宮城野」(現在の仙台市)や「信夫」(福島市)という地名に感じた詩情、という話で始まる奥州の歴史では、源融清少納言も顔を出すが、江戸初期、大名の配置の妙、について書かれたあたりがとりわけ興味深い。

織田信長の重臣であった丹羽長秀の子、長重。父の死後、関ヶ原で西軍についたため所領を家康に没収されるが、紆余曲折あって、三代家光の治世に白河十万石に封ぜられる。ドラマ中でも触れられていたように、白河関は奥州の玄関である。江戸初期にはいまだ北方の伊達や南部がいつ南下して都(すでに江戸に移りかわっていたが)を脅かさないとも限らなかった。長重は外様大名でありながら篤実さを買われ、長重も性格柄、強く恩義を感じ、十分に築城し、見事な城下町を建設したという。やがて長重の死後、子の代になると、丹羽家は二本松に移されてそのまま幕末まで続く。そう、会津とともに新政府軍と戦った、あの二本松藩である。

丹羽家が移っていったあとの白河藩のゆくえについての司馬の書きぶりは痛快だ。伊達政宗が死去し、戦国の世が遠くなると、「幕府にとって奥州はただの山河になった」。幕府体制のうえで特別な意味がなくなり、「(白河は)いわばサラリーマン化した徳川一門・譜代大名の給料の出所のようになった。なんといっても江戸に近距離なため、参勤交代の費用が安くなる」。丹羽家のあと、白河の藩主はめまぐるしく移り変わり、榊原、本多、松平(奥平)、松平(結城)、松平(久松)と続くが、司馬は彼らを「没理想な藩主たち」と評し、「茶碗と箸をもってコメを食いにやってくるような大名ばかり」と断じている。

そして最後の藩主・阿部氏が棚倉に去ったのち、幕末の白河には大名がいなかった。白河城二本松藩の預かりとなったまま戊辰戦争を迎え、列藩同盟の総督として西郷頼母が守将につき、新政府軍に敗れた。

会津はというと、白河の丹羽長重と同時期に移封されたのはやはり外様大名で、伊達や南部の脅威に対し盾となるべく老練な加藤嘉明が選ばれたという。その後、御家訓を遺した(大河クラスタ的な目線では「遺しやがった」www)保科正之が藩祖となるのだが、気になったのは、加藤よりもさらに前の領主、蒲生氏郷。この人を初めて知ったのは初代プレステでやった「信長の野望」だったように思う(笑) その後、あちこちでこの人の名前が出てくることに驚く。信長にも秀吉にも、そして家康にも近しかったのだ。築城や城下町建設、さらに領国経営の能力も抜きんでていたという。それでいて、たった四十年の生涯だったのだ。

本書もうひとつの旅は「赤坂散歩」。吉宗、大石内蔵助高橋是清乃木希典など錚々たる面々についても筆を割かれるが、いちばんおもしろく読んだのは江戸の水道の話。昔の水道、って、今、気になるもののひとつだ。