六月博多座大歌舞伎昼の部「ヤマトタケル」を見て 6(完)

第二部、宮廷のおしゃべり役人たちの状況説明で幕開き。こういうのは洋の東西を問わず演劇のお決まりなので気にならない。ヤマトタケルが自らペラペラ説明セリフをやるところが多い舞台だが、初演時はどうだったか知らないけど、21世紀では非常に気になる。見事クマソを征伐して戻ったものの、帝はエヒメのほかに、いまだ服従しない東国を褒美にくれる。つまり東国征伐を命じられたのである。「もっとも美しいものともっとも大きなものを褒美にやろう」というようなセリフは芝居らしくていい。帝は第一部の「敷島の大和の国にまつろわぬ・・・」という言い回しも好きだった。

出発まで、メロスばりに3日の猶予をもらったタケルは、3日間エヒメとイチャイチャしてりゃいいものの、叔母の倭姫のところに愚痴りにも行く。ここでタケルは本当に膨大な説明セリフで愚痴るんだけど、むっちゃ「やっつけ仕事」的なセリフ回しだったのはわざとだろうか。「客席のみんなもここまでの事情はわかってるだろうから2回説明する必要はないんだけど、いちおこういう脚本だから…」的な? 会話のキャッチボールではなく一人でペラペラしゃべってるみたいだった。まあ、滑舌はすばらしく良い。対照的に受ける倭姫は終始丁寧で、ここで笑三郎の倭姫がユニークなキャラクターを発揮してブレイク。傷心の美しい甥を包みつつ、甥に思いを寄せるオトヒメを差し出しつつ、己も甥に色気のあるところを見せつつ、しかしそこは分別を見せて「神さまと寝るわ」と引き下がる。客席からはたびたび笑いが起こる。どうせなら亀ちゃんにもこのチャリ場に乗ってほしかった。

こうしてちゃっかりオトヒメもモノにしたヤマトタケル(童貞失ってからわずか3日目でだよ?!)は東国に向かう。ただひとり与えられた従者はタケヒコ、背を向けていた彼が客席になおったとき、ひときわ大きな拍手が湧いた。タケヒコ、市川右近の初登場である。「待ってました」という雰囲気。やっぱりみんな澤瀉屋が好きで、よく知っていて、見に来てるんだねえと実感した一コマである。そしてタケルに寄り添うタケヒコの頼もしさ無限大。このままふたりでキャッキャウフフしながら道行きしたらいいさ!と思ってたら、すぐにオトヒメが追いかけてきやがった…www

ここで、「危ない目に合うのは私一人でじゅうぶん」とオトヒメを大和に残してきたのに、オトヒメが来たら「やったー\(^o^)/ これで寂しくないお!!」と迎えるヤマトタケルのクオリティ。相模の国造ヤイラム(猿弥)の策略にあっさり引っかかるヤマトタケルのクオリティwww これで英雄とは片腹痛いwwwww タケヒコの苦労がしのばれます。ヤイラムの放った火に包まれる一行。ここで、「向こうが火を放つならこっちも」と、火には火を…なのか、毒をもって毒を制す…的なものなのか、とにかくまさかの火に油を注いで対抗するの巻。寝ていた高校生が「起きたらエラいことになっとった」と言ったのはこの場面ではないかと思われますww 真っ赤に染まる舞台。京劇の役者さんたちがその場で連続バク転をやりまくるという驚異の技を見せます。タケヒコは応援団長ばりに赤い大旗を振りまくり、亀ちゃんが剣であたりを払うと草がザザーッと毟られていく(草薙の剣)。

ヤイラムとヤイレポの兄弟は「米と鉄」を武器に古き良き国々を蹂躙し征服していく大和朝廷を批判。そしてヤマトタケルに斃されるとき、「おまえは決してヤマトには帰れない」と呪いの言霊を遺す。クマソタケルの造形や「名前を引き継ぐ」最期に続いて、このあたりは梅原猛歴史観

なんとか火がおさまったかと思えば、次は水。舟に乗ったら天候最悪である。落雷する場面は迫真でびくっとした。「“もってない”にもほどがあるだろ!」というヤマトタケルwww 波を鎮めるにはもっとも大切なものを海神に差し出すべし・・・との占い結果で、それは夜も日も明けずイチャこいてたオトヒメを指しているわけです。「いいわ。どうせあなたには姉姫という正妻がいて、たとえ帝になっても、私は皇后にはなれないんですもの。いっそ海神の皇后になるわ」とオトヒメが衝撃発言。「なんてことを! おまえは大人しい女だと思っていたのに」 「大人しい女ほど激しいものなのよ」 「すまんかった…おまえの心の中を考える余裕がなかった…」ヤマトタケル、美しい妹姫の体だけを弄んでいたことが露呈ww

ここで着水するまでは正直長い。そしてオトヒメの春猿がヒステリックな声でセリフを言うので少々つらい。まあ、あたら若い身空で突然、死を前にしたら、人間、取り乱すよなってことで納得できる芝居ではある。皇后の嫁入り…ってことで波間に24枚の畳を並べるシーン、海に入るととたんに流されていくオトヒメ…は、二部2回目の大スペクタクル。波間に消えるオトヒメを見送るしかないヤマトタケルの絶叫で幕。こいつやっぱり英雄なんかじゃない。

三部の幕開きは尾張国。西国に続いて東国も制し、しかも目の上のタンコブだった皇后も死んだことで、ヤマトタケルにいい風が吹いてきた…ってことを説明しいしい、露骨にすり寄る尾張国造夫妻。この尾張国造が、本来、亀パパの段四郎の役どころだったらしいけど、あまりに軽いんじゃないでしょーか。しかし段四郎さん、体調だいじょうぶなのかな…。煌びやかな宴でもてなされてご満悦のヤマトタケル。そのうえ、かわいいみやず姫まで差し出されるのも当然のごとく受けたあげく、みやず姫に恋われるままに「おまえが一番かわいいよ」と歯の浮くようなセリフ。英雄色を好むの描写だが、英雄っていうかお調子者である。みやず姫がエヒメと二役だったことには全然気づかなかった。声も全然違ったように聞こえた。笑也さんの演じ分けである。

伊吹山の古い神々。日本人にはなじみ深い、鬼ヶ島の鬼みたいな造形である。神様なのに鬼の造形…というか、鬼の造形だけど神様…ってことで、興味深いところ。しかもトップのふたりはすごく年を取っているお爺さんとお婆さんの鬼・・・もとい神様で、ふたりは仲良し。そこに、帝から命じられたヤマトタケルが討伐にやってくる。もうね、完全に侵略者。っていうかよくここまで思考停止で戦い続けられるね、ってことで到底、英雄には見えません。「あんな古い神、朝飯前だぜ」っつって神剣を館に置いてきたのを「英雄でも人間の傲慢という病にかかるのか」と山神たちが嘲るのだが、ヤマトタケルは元来、そーゆー未熟モンなのである。

モフモフとした白い猪の中には、京劇の役者が2人入っているようだったんだけど、前肢を高く上げていななくような恰好をしたりと、あれ、どうやってたんだろう? 3人入っていたのかな? 動きが全体にスムーズでアクロバティック、ふつうの歌舞伎に出てくる獣とはここも全然違った。山神のお婆さんは門之助が皇后と二役。お爺さんのほうは弥十郎の二役で、特に弥十郎は体を張った熱演。敵役たちがそろいもそろって魅力的な劇である。それを滅ぼすことにヤマトタケルが何の痛痒もおぼえないのは、英雄ではなくやはり未熟者ゆえと思わねば納得できない。未熟者だと思えば愛せるのである。そして伊吹山の神と戦うころには、もう正直、戦いはお腹いっぱいかナ〜という感じ。焼津の業火の中を生き延びたのに、雹に撃たれて重傷を負うのも、なんとなく腑に落ちない。でもモフモフの白猪は一見の価値ある。

大和への帰り道、能煩野(のぼの、と読むらしい。初めて知った地名だ)で力尽きるヤマトタケル。個人的には先に書いたとおり、ここで数々の言い訳じみた自己正当化をするのは蛇足に感じた。少なくとも亀ちゃんのヤマトタケルの場合は、英雄の死が悲劇的なのではなく、前途ある若者の死が悲劇なのだ、と解釈したい。ただ、女ではなくタケヒコの腕の中で死ぬのは、とても良い。腐女子的な意味ではなくて(ほんとですよっ)、所詮このタケルには、女を包んだり可愛がったりする甲斐性はなく、あくまで大人の男に庇護される存在だった…という感じが出てる。右近さんのタケヒコは大きくて実直で男らしい。

志貴の里、タケルの陵。タケヒコ、ヘタルベ、エヒメとワカタケルの母子、みな白い喪服。とても美しい。みんながあーでもない、こーでもないと言いあう愁嘆場は、ここも長い…。ヤマトタケル復活までの心理的タメでもあろうし、単純に着替えや宙乗りの準備に時間がかかるというのもあるんだろうけど、もうちょっと工夫があればと思ってしまう。こういう、何でもない長い場面を「こういうものなんだろう」と素直にのみ込めず、ケチつけたくなるのが、古典歌舞伎との違いだなあ。

ヘタルベは弘太郎さんという人で、名題昇進したばかりらしい。実際に若い人だし、ヘタルベも若者という設定だからか、歌舞伎役者というより劇団四季の人みたいなまっすぐな発声、セリフ回し。歌舞伎の型のセリフ回しも聞いてみたいと思わせる。ここでの笑也さんのエヒメは、この場面があるからこそヒロインなんだなと思わせる。すごい気品なんだけどすごいド迫力。団子ちゃんはさすがに博多までは遠征してこられないので、ワカタケルは地元の子だった。帝の使者がワカタケルを東宮にという朗報を持ってくる。この使者がただの使者のくせに妙に気高くて存在感があるなーと思ったら、月乃助さんって元の段治郎さんなのね。2008年の上演では右近さんと日替わりでヤマトタケルも務めている。

そして満を持してヤマトタケル復活! 陵がボコン、と割れて、せりあがって登場するんだけど、この割れ方は割とチャチで、これなら割れなくてもいいかもな・・・・てぐらいのもんww  白鳥の衣装はポスターでもテレビでもさんざん見ているんで驚きはないんだけど、やはりとても綺麗です。「天翔ける心、それが私だ」の決めゼリフに心底感動するには、やはりその前段の言い訳&説明じみたセリフを少しアレンジする必要があるんではないかと…。しかし宙乗りはやはり盛り上がりますね。あの体勢、すっごくキツいと聞いたので余計に。3階席までずーっと上がって行って、そのままひっこんでいくあたりから、胸がじーんと。

ああいうカーテンコールだとは知らなかったので(端役から順に出てきてご挨拶、方式)思わぬ感動が。これで最後に亀ちゃんが出てくるんだなーと思うだけでウルウル。タケヒコ、オトヒメ、倭姫、クマソタケル兄弟など、主だった役者にはそれぞれ大きな拍手が送られる。船乗り込みのときも思ったけど猿弥さんがすごく人気。ステキよねえ。帝の中車にもあたたかい拍手。そして亀ちゃん猿之助…(´;ω;`)ブワッ 中の人の事情からいったら、中車が猿之助に謝辞するところなんだろうけど、亀ちゃんタケルが中車帝に跪いて手を握るという、劇中ではかなわなかった父子の和解といった趣。亀ちゃんが立ち上がってみんなで礼をとるあたりで、観客は拍手だけに飽き足らず、次々に立ち上がる。私も滂沱の涙で…と冒頭に戻る。

およ?意外と文句たれてるみたいな感想文になったけど、超感動しましたよ? てか、「家に帰るまでが遠足です」と同じで(?)、舞台見て、その場で感動して、あとでわかったような顔で講評するとこまでが歌舞伎だと思うのっ! だってチケットバカ高いんだしそれぐらい長々と具体的に楽しまなきゃ! 「はわぁ〜おもしろかったぁぁぁ」だけで終わっちゃもったいない気がするのっ! …ってビンボー人らしい述懐ですが、歌舞伎ファンってそういうもんじゃないかしら。

さて、気になるのは、今後のスケジュール。7月は襲名披露の地方巡業で、8月は竹三郎さんの傘寿記念(!)自主公演。9月は蜷川演出のヴェニスの商人。そのあとですよ。つまり襲名披露公演がひと区切りついてから、どんな演目をやるのかなってこと。そして今後の長い役者人生、「四代目といえばこれ」という作品が生まれますように。なんせ才気煥発な人なので、いろいろ考えていると思うが、小さくまとまらないであっと言わせてほしいものであります。