皐月の六 / 村上春樹講演・夏八木勲逝去

●5月某日: 前日から「明日は篠栗(夫の実家)だよー」と聞かされていたサク、起きたらすぐにでも行くものと思っていたらしく(まあそうだよね)なかなか出かけようとしないパパママにむくれてる。パパが「サク、ちょっと自転車で買い物に行こう」と誘っても、「じてんしゃ、いかない。オレンジくるまでいくよ」(=車で篠栗へ行きたい、の意だろう)とか言ってる。まあそこはなだめすかして出ていった自転車上のふたりと、ランニング中、家から3キロほど離れた地点でバッタリ。なんか見慣れた顔と顔が前から近づいてくるな〜と思ったら夫と息子だったときの「おっ」という感じ、なかなかレア。さて、昼食後、やっとこさ、出発。日も高い17時すぎから、庭で焼き肉をする。田舎だからこそ気軽にできる、我が家でのバーベキュー。ステキ…。肉うまー。ビールうまー。夜、義両親が寝たあとで、夫と少し飲みなおす。サク、従兄のお兄ちゃんが置いていってるパズルに夢中になる。2回目、3回目には、34ピースだけでなく60ピースのもほとんどひとりで作り上げてた。子どもの伸びしろすげー。

●5月某日: 義実家泊りなのに寝坊したアカウントはこちらになります。ああ、今日もいい天気だなあ(誤魔化し?)。朝ごはんをいただいたあと、夫とサクと3人で近くの広場に繰り出して遊ぶ。私、ゆうべの肉&ビールを消化すべく、広場の外周をくるくる回って走る…。2キロないぐらいだったと思うけど。その後、線路近くに電車を見に行く。草むらの上、鉄道橋を渡る3両編成の列車がトンネルの中に消えていく光景は、鉄オタならずともなにか郷愁に駆られるような気分にさせられます。春の里をぐるりと見渡しながら、結婚したことによってこの田舎にちょくちょく来るようになってから、人生観といったら大げさだけど、確かに自分の中でなにか変わったよなーという思いがしたり。夕方、帰宅。夫がアンパンマンを録画していた。周りはもっと早くから見てる子も多いし、3歳ぐらいになるとアンパンマンから戦隊モノにステップアップしてる子もいるけど、サクにはこれが、本格的な映像のアンパンマンデビューだ。ちょっと嫌になるぐらい食いついてた・・・・。

先日。故・河合隼雄にまつわる催しで村上春樹が行った講演の内容について、毎日新聞に載っていた国内では18年ぶり?だったらしく、当日はNHKニュース等にも取り上げられていたものだが、ネットをちょっと探しても書き起しなどは見つからず、私が見た中ではこれがもっとも詳しいものだった。

物語をめぐって、人間を2階建ての家にたとえるのが村上の持論だという。1階には家族が住んでいて日常生活をしている。2階では個人に戻って読書をしたり、音楽を聞いたり、眠ったりしている。地下1階には記憶の残骸が置かれている。地下1階からは浅い物語しか生まれない。そのさらに下に闇の深い部屋があって、そこにこそ本当の人間ドラマがある。魂に響く物語を紡ぐには、この闇に入り、正気で出てこないといけない。地下1階で小説を書くと批評しやすい作品ができる。でもその下に行かないと人の心をつかむ物語は生まれない。両者は人の心のあたため方が、ただのお湯と、温泉ぐらい違う。

・・・のだそーです。奇しくも、その前日、Eテレで建築家の隈研吾と対談した林真理子が、「作家というのは、精神がある程度病んでいないとできない、そしてその病んだ精神を健康な体に宿すことが大切」みたいなことを言っていたらしい。

夏八木勲、逝去。驚いたが、「ゴーイングマイホーム」での死を前にした老父役の透明感がものすごかったのを思い出す。あのドラマでの役はとてもよかった。「龍馬伝」の松平春嶽役は、クレジット位置こそよかったものの(大トメもつとめている)脚本の描きこみが浅いせいで、彼ほどの役者には役不足の感が否めなかった。私の場合、現在アラ還暦以上の役者の最初の記憶ってたいてい大河ドラマ(のような時代劇)への出演で、そういったドラマではベテランはやはり重厚な、「これぞ!」という演技を見せてくれるものだ。夏八木の場合も「武田信玄」あたりで活躍していたような気がするが、wikiを見ると私が彼を最初に認識したのは1997年「毛利元就」の陶興房ってことになるらしい。もっと前から、しかも大きな役での彼を見た気がするが。是枝監督のコメントにぐっとくる。