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『幕末下級武士の絵日記』 大岡敏昭

歴史

幕末下級武士の絵日記―その暮らしと住まいの風景を読む

幕末下級武士の絵日記―その暮らしと住まいの風景を読む

これはちょっと驚くべき書であった。家から最寄りでない図書館で見つけたもの。やっぱり、図書館には一般書店とは違った品ぞろえがあるので、ちょいちょい行くべきなのだ。

忍藩十万石(現在の埼玉県行田市)の城下に住む尾崎石城(隼之助)という下級武士が、彼の33才の日々、文久年間(まさに幕末!)の二年間ほどの絵日記を読み解いたもの。部屋の調度や人々の着る物まで細かい筆で書かれた挿絵もふんだんに乗っている。

この人、江戸詰めの庄内藩士の子に生まれ、忍藩士の家に養子にきたのであるが、当初は馬廻役で百石の中級藩士であった。ところが29歳のとき、尊王攘夷の志に共鳴して上書し、藩政を論じたために蟄居を申しわたされ、家禄もわずか十人扶持の下級武士に落とされてしまった。おそらく、絵日記のころは、養子に入った家を出されたものと思われ、妹夫婦の家に居候として身を寄せている。独身。

…と書くと、反骨精神や世を変えたい情熱にあふれたいっぱしの志士を想像するんだけど、石城さんの日々はすごいです。なんつーか、これは、ほとんど「放蕩」のイメージに近い。役目にもよろうが、下級武士というのは週に1,2度しか登城(勤務)がなかったようなのである。それでほかの日は何をしているかというと、昼間は寺(そこがヒマな人々の集まる場所)でみんなとダベり、夕方になればそのままそこで、あるいは飲み屋に繰り出して酒を飲み、飲んでは大いに謡ったりがなったりして、酔い倒してそのまま寝てしまい、ふつか酔いで目が覚めたがまた酒が供されるとそれを朝から飲んで、家に帰ってひと眠りして、友人宅を訪ねてしゃべって飲んで…これが、月に一度や二度のハレの日ではない。けっこう毎日、こんなもんなんである。

しかも石城さん、もともと大幅に降格されていたところ、飲みすぎによる不行状で数十日間の閉門を申しつけられたりもしている。閉門といっても、人が訪ねてくるのはOKらしく、やっぱりそこでもだべったり飲んだり。

当時も酒や肴は安いわけではない。十人扶持というのは現在に換算すると年収百数十万のようだから、決して裕福ではない。石城には財産があるわけでもない。お給金と、あとは特技を生かして屏風絵や行燈絵の注文をとったり、印刷技術の発達していない時代だから写本をして売ったりと内職してやりくりしている。やりくりがうまくいかないときは、冬の上着も買えなかったりする(当座のやりくりのため、季節が終われば売ってしまうのだ)。飲み会がないときは、いたって質素な食事。普段は質素でも交際費や儀礼にかかるお金は惜しまないというのは、磯田道史の著書『武士の家計簿』にも共通するところではある。

しかしだからといって、石城の日記に悲愴感や落魄感が漂っているわけでもない。蓄財に励むでも、「もとの身分に復帰してやる」とか、「めげずに藩政を変えていくのだ!」的向上心にあふれるわけでもない。もちろん、日記に綴った以外のところでもいろいろと思うことはあろうが、おおむね、日々の暮らしを淡々と営んでは、多くの友人たちと集っては飲んでいる。友人たちには、同輩である下級武士のほかに、中級武士(換算して年収400万くらいと思われる)や、寺の僧侶や、飲み屋の女将などの町人も含まれる。町方の子どもの面倒を見たり、身寄りのない坊主が伏せると無償で看病もする。読書が好きで、貸本屋から入手したり、友人たちとも本の貸し借りをしている。

その様子は、大らかで、人間的で、けっこう楽しそうではある。放蕩とはいっても、商売女と寝るとか博奕にふけるというようなことはなく、せいぜい寺での井戸端会議や、街中の散歩、何かと理由をつけては(なくても)開かれる飲み会で、まあ、道を踏み外しているわけでもない。文中にも豊富な挿絵にも、身分や年や性別によって人を値踏みするところが見られず、むしろ非常にフラットな感じなのも好感。

文久年間とはいっても、地方ではこうも平穏だったのね、と思える(ちょうど「八重の桜」の会津の様子も浮かんでくる)。一方で、ひとりひとりは薄給であっても、こんなにも非生産的な(週に1度か2度しか仕事をしない)大の男たちを大量に飼っている社会システムがすばらしいとは言いにくいし(支えているのは農民などですからね)、私が藩の上役なら、「こんな遊んだり飲んだりしてばっかりの奴に、仕事(政治)の何がわかるか」と軽んじたくなる気持ちもわかる気がする。

一方で、幕末に躍動した志士たちの多くが中級〜下級武士だったわけだが、考えてみれば、それなりの時間をもてあまし、なんとか食べていけるぐらいには暮らしの余裕がある層でなければ、志士活動もままならないものかもしれない。現在だって、週休二日であっても、毎日8時間+残業があって通勤時間も長くて育児や介護もあって…みたく自分の役目に追われていれば、とても世の中のこととか考えられないもんである。

下級武士のみんながみんなこうであるわけでは、もちろんあるまい。考証をしっかりしていると思われる藤沢小説などに描かれる暮らしとも、だいぶ違う。それでも、こういう暮らしもあったということ。非常に興味深い史料。