『八重の桜』 第16話「遠ざかる背中」

当方、ちょっとしたクレジット厨なんで、クレ順については随時ぶつぶつ呟かせていただきます。今さらながら、綾野くんがトップグループのトメなのは、容保の役柄の特別感をあたわしてるんだろうけど、そういう意味でも、これやっぱり中グループトップのほうが良かったんじゃないのかな? つまり、

  • 現状: トップグループは「八重→八重の家族→会津の女たち→容保」、連名挟んで第1中グループが「慶喜→kj→会津藩士若手→その他などなど」、再度連名挟んで第2中グループが会津ベテラン勢、て感じ
  • エミ案: トップグループは「八重→八重の家族→会津の女たち」、連名挟んで第1中グループは「容保→会津の若手→会津のベテラン」再び連名挟んで第2中グループは「慶喜→その他のみなさん」

てことです。こうしたら、藩主容保を筆頭に会津勢!て感じで壮観だった気がします。まあ、役柄に偏りすぎたクレ順では、往々にして役者さんからクレームが出るのかもしれませんが…。今週INした黒木メイサも、また微妙な位置だったなヲイ。来週からは乾(板垣)退助やら伊藤俊輔(博文)やらも出るっぽいんで、またクレ順にもいろいろ変化があろう。括目すべし!(と自分に気合を入れる。)

さて、「遠ざかる背中」という、またしてもこのドラマお得意の、抽象的サブタイトル。もちろんこれが何かひとつだけを指しているわけはなく、さまざまな背中が提示されていきます。

まず火事ですが、まあ、無難なところに落ち着きました。八重夫婦まわりにも、うら姉さんまわりにも、もうひとひねり欲しかったな、なんて思わんでもないような、なんてことないエピソードだけに、妙に“伏線”感をおぼえずにいられない…。今まで一貫してだいこんさんだと思ってた長谷川京子のこの役へのハマりっぷりは、「カーネーション」における田丸麻紀を思い出させます。

ともかく、「遠ざかる背中」その1はピロキの背中でした。屋根裏の夫婦。手当をしながら不安を語ってる八重に向けるピロキの視線がエロい。超エロい。「火にまかれるとでも思ったんですか?」ってセリフもなんかエロい! 何その上から目線! 思うだろ普通!! 「たったひとりの旦那様だもの〜〜〜」って、こないだまで「あんつぁまみたいなもん」言うてた人がどの口でぬかすか、とww ええ、これぞ今後に向けてのわかりやすいフリだってのは分かるんですけどね〜。

暴れん坊の官兵衛を止められるのは殿だけ…。こういう、君臣がハッキリしてるのは時代劇っぽくて好きです。会津藩士の前ではいちおキリッとして殿らしい殿なんですが、このピラミッドの上位にさらに帝がいて、その前では殿はメロメロっていうね。

長州への和議の使者として勝海舟に白羽の矢が立つの巻。生瀬さんの、口元をやけに大げさに動かしたセリフまわしが、勝という人物の大上段さを表現しているよう。こんな貧乏くじなお役目を、「余が頼んでおるのだぞ」と、むしろ恩に着せる口ぶりで押しつける慶喜さん、どんだけww  慶喜・春嶽タッグに、「こいつらww 人にめんどくせぇ仕事おしつけるのが趣味特技だなww」と思いきや、なんと実は春嶽・勝タッグで、諸侯召集の約束をとりつける申し合わせが〜! 春嶽いいぞ! 初めてケーキを出し抜いた!

・・・と思いきや、勝を長州に遣わしてる間に、そっちの和睦協定の内容まる無視で、朝廷から休戦を命じる勅諚を引き出すケーキ! 春嶽、おのれ勝の派遣はハナから時間稼ぎのつもりだったのか!と憤怒して「実家に帰らせていただきます」。土佐にしろ越前にしろ薩摩にしろ、大身の殿さまはこのあたり、あきらめがいいというか、体面が傷つくことに堪えられない感じがありますね。

しかし、慶喜慶喜で、確かに目から鼻に抜けるごとくの頭の良さで、周囲から見ればが「二心」なんだけど、今回の描き方では、徒党を組むとか有能な股肱の臣をつくるとかいう戦い方のできない、容保とはまた違った「上手く立ち回れない感」がムンムンに漂ってて、すばらしいと思います。また、勝の若干の小物臭もそうだし、お殿様たちのお殿様っぷりを見ても、誰かを記号的に悪く描かないドラマではあるものの、やっぱり、維新を進める側である薩摩や岩倉の狡猾さが印象的でもあります。

てか、今週前半は「慶喜の桜」状態。そんなケーキに憤懣やるかたない保守派がここにも・・・ってわけで、ケーキを会津本陣に連行(?)した会津。「もういいかげん我慢ならねえ」とばかりに、下座からではあるが鋭い言を浴びせる容保に、涼しい顔の小泉孝太郎、「自民党 幕府をぶっ壊す! 」発言。(テレビの前を含めて)みんなお口あんぐり。・・・ちょ、ここ、衝撃的すぎて、セリフの詳細を覚えてないじゃないのよ。えーと、幕府なんて一度壊れればいい、だっけ? 軍政も職制も腐ってるとか、一から鍛え直すとか、諸藩もまとめるとか、なんかいろいろ言ってたのも、つまりは構造改革ですよね。「それができるの俺しかいないだろ」って極めつけまで含めて、これ、どこの純一郎wwwwww わざとやってるくせに大真面目な脚本、しかも史実からぜんぜん逸脱してないっていうww

この作品に限らず、孝太郎を「いい役者になってきたよなあ」と思うことはしばしばだったが、大向こうから声かけたくなるのは初めてです。よっ、小泉屋!的な。壊し屋!とかのほうがいいかしら。いやー、慶喜さんを真正面から描くと、それだけで幕末史の奇奇怪怪の一端が見られますね。

ふと思いついたんだけど、いっそ、大河ドラマ「幕末史」をやってみたらいいんじゃないかしら。幕末ドラマはどうしても、「これがメインで、これは相手(敵)、ここは割愛」みたく、いつでも断片的な切り取り方になる。どうせ今だって、ちょっと真面目に歴史に取り組んだドラマは(本作しかり、坂の上しかり)視聴率低い傾向にあるんだから、いっそ、一度、薩長土肥も一会桑も朝廷・幕臣その他もオールキャストで、真正面からやってみませんか? この国がどうやって明治維新を迎えたか、なんだったら日本人全員熟知してたっておかしくないネタだべ? 本作でも(私はそうは思わんが)「主人公が主人公らしくない」ブーイング出てるんで、いっそ、主人公とか決めないで、幕末の大物は全員、分け隔てなく取り上げる方針で。つまり原作は半藤一利の「幕末史」ね。あ、これ、小説ですらないんで(笑)そこは山本むつみを脚本陣に迎えて、随時、適切な人間ドラマやラブ要素も入れて。開国から西南戦争まで、一年で足りないなら二年、三年とやればいいべ。

閑話休題

ちなみに我らが殿は、ケーキさんの「そのときまで京を守ってくれるよね。君しかいない」って甘言に二の句がつげないという安定ぶり。こんな奴信じられないと思いつつ、徳川宗家とか帝のご無事とかの印籠を無碍にできない会津…もうヤダー

前後しますがあんつぁま、久々に勝との対面。勝の野郎、「こいつらには負けねぇ」感まる出しでエラソーに説教。失明間近のあんつぁまに向かって、「おぬしの目は節穴か?!」とか、知らないとはいえ、なんという地雷を踏んでくれるのだ。ここでもどこか迂闊キャラの勝さんですが、それはそれとしてあんつぁまの心に風穴をあけるだけあけてさっさと出ていきます。「遠ざかる背中」その2。

会津では中野竹子登場! 同じ会津の女子とはいっても、「(江戸の)水道の水で産湯を使った」才色兼備の転校生としての登場ですが、うーん、確かに強いし美人だし、稽古衣装なんかに違いがあっても、ずばぬけて都会じみてる感じはイマイチ…わからない…。ま、八重は女優陣も殺陣を習わなきゃいけなくて大変ですね。いきなり道場破りして、言いたいこと言って帰る竹子は、「遠ざかる背中」その3? 視聴者としては、あの後姿に、「この細いうなじがのう…」と行く末を思い浮かべずにはいられませんでした。

とはいえ、「鉄砲はただの道具。魂が宿る槍や薙刀とは違います」ってセリフによって、今や全面的に認められつつあったガンオタアイデンティティをここで根底から揺さぶり、かつ、八重に「負けたくない」とハッキリ言わせた脚本は面白い。今後の展開を楽しみにさせます。てか、会津会津以外からきた一人が尚之助で、フラットな価値観により八重の個性を全面的に認め、もう一人が竹子で、古き良きもののふ史観で八重に立ちはだかる、という構図なんですね。きれいだなあ。

まあ、娘っこたちが何を言おうと悩もうと、もはや戦に銃は不可欠なわけで、直後に銃の解説@京都のあんつぁまです。あんつぁまが銃を扱うたびに、視力が悪化していて手元に狂いが出るのでは・・・と不安になるわけですが、今回、目の描写は、梶原邸で赤ちゃんを愛でるときに出ました。何度も同じやり方を繰り返さないのもえらいですよね〜。

「蒸したての饅頭」だとか「日なたに干した藁」とか、こういうほのぼのシーンの入れ方が相変わらずクソうまい。人前で目のことぐじぐじ言わないあんつぁまは大人の男だな〜。あと、毎回、ほんとに生まれたてっぽい赤ちゃんを出してくるのがNHKクオリティですね。

にしても、このタイミングで梶原が家老に出世、大蔵は外国奉行のお供でお露西亜。完全に平時の人事ではあるまいか、維新はもう目前だぞ!!!なんてキリキリしちゃうのは、後世の目線だからよね…。がんばれ梶原、あとひと息で出世双六は逆転だ! そう、あと30分も経てば、君が綾野くんの上司…(空飛ぶ広報室)。

さ・て、久しぶりの帝と中将のラブラブターイム! …って、いない。ほかに誰もいないぞ! 帝「無理言って人払いした・・・中将、近う」って、もはや、このまま枕をかわしても何ら不思議でない雰囲気です。てか、これが「平清盛」だったら確実に…や、今っていうより、すでに8話くらい前の時点で容保の貞操はないなwww

しかしそこは安心の(というか、むしろかえってアブナい)八重クオリティで、パッと見、帝は誠心誠意をこめてこれまでのお礼を述べるだけなんだけれども、その、「誠心誠意をこめて」の部分が、帝というお立場にあっては異例のことなんですな。中将も中将で、「会津は敵を作りすぎましたゆえ」とか、帝相手にズバッとしたこと言ってるんだけど、なんといっても帝の「君が一番好きだった」(!)、および「君をリスペクトしている」発言。

一天万乗の君が臣下に対して個人的感情、まして私的な好悪をあらわすことは厳に慎むべき行為なのです。かつて戦後の昭和天皇とて、「好きな力士は」と聞かれても(昭和天皇は相撲がお好きだった)「そういうことは答えられない」と回答を拒んだといいます。まして中将は会津の藩主、ばりばりに政治の絡む相手です。

ゆえに容保もびっくり仰天、畏れ多さのあまりにとめどない涙を流すわけで…。てか、家族愛とか友情とか、悲しみ・口惜しさならともかく、「忠義心」とか「畏れ多さ」とかが理由でこんなにしょっちゅう泣かなきゃいけない綾野くん…大変だよね…ww 
「もったいないお言葉で」的なこと以外、なんも言えねー状態に陥る中将を前に、「言うべきことは言った」とばかりに悠然と歩き去っていく帝。「遠ざかる背中」その4は、とてもいいシーンでした。緋袴を引きずる衣装で背を向ける→歩いていく の染五郎の所作が歌舞伎役者の面目躍如で堂々としているのは当然すばらしいんだけども。

臣下が独断で帝より先に退場することはできない。普通ならおつきの者が「退がれ」とか言うんだろうけど、今はいないし、帝自らがそれを言うのは、なんとなく不興をかったとき、ていうイメージがある(かつて容保が頼母に命じたように)。相思相愛のふたりは、本心では、一晩じゅうだって一緒にいて親睦を深めたいはず(笑)。けれど、今ですら、本来あるべきラインを超えてしまっている。つまり、あの場で帝が立ち上がり去っていくシーンには、「この時代の秩序ではこれが精いっぱい」ていう、それだけでなんかすごい抑制の美学を感じたんですよね。

ともかく、染五郎の孝明帝、おつかれさまでした。史上すごく重要な天皇のひとりについて、本作の脚本は非常にしっかり描き、染五郎はそれを完璧に体現したと思います。気高いのはもちろん、優しさと度量とがあって、容保が虜になるのもむべなるかな、という魅力にあふれてましたよね。

慶喜、将軍宣下。ろくでもないヤローでも、こういう「一世一代」的大きな儀式をいくつもこなした前半生だったんだなあ、とふと思った。そして京都での美しく切ない思い出を胸に部下の残務整理を待ちながら帰国までの日々を穏やかに過ご・・・したのも数日で、帝崩御の報がキターーーーーー! 

詳細は来週だけど、さすがに直接の暗殺説はとらないでしょう。しかし、西郷・大久保の薩摩タッグと岩倉が「このまま幕府が盛り返したらあきまへん」「戦う方向でなんら問題ありもはん」的なひそひそ話をしてたのが、どーにもこーにも気にならないはずありもはん! うまいなあ。

にしても、孝明帝が仰せになった「もののふのまことは義の重きにつくことにあり」は、容保を呪縛する言霊となりそうだな・・・。まして結果的に遺言になってしまったわけだし・・・。

こうして、在会津の人々にとっては、京都組の背中が遠く、京都組にとっては故郷が遠くなってしまうのでした…。はい、サブタイトル、きれいにまとまりましたね。って安定の鬱展開! だが面白いぞ!