『まほろ駅前番外地』 三浦しをん

まほろ駅前番外地 (文春文庫)

まほろ駅前番外地 (文春文庫)

冒頭の数ページを読んだだけで「ああ、まほろだ」というわくわくと安心感。それだけでもじゅうぶんだったかもしれないのに、読み進めるにしたがって、唸るような気持ちにさせられてしまった。ひとりの作家の著作を追っていって、ネタ切れ感も手クセ感もいっぱいいっぱい感もなく、むしろ月日を経るごとにどんどん進化する姿を見せられるのは幸せなことだ。

説明不要のとっつきやすさや、それを逆手に取ったギャップで楽しませるというスピンオフの特性を存分に生かしながらも、この一冊にも縦糸がしっかりと通っているし、何より短編ひとつひとつに仄かな文学の香りが漂っていることが、読後の深い満足感に寄与している気がする。三浦しをんの“白小説”は良くも悪くも「マンガみたい」と評されることが多いけれど、いわゆる凡百のキャラクター小説と一線を画しているのはそこだと思う。

そして、「文学的である」という核を包む皮である構成力や文章の見事さ。倦みながらも底にいろいろなものを隠しながら淡々と続いてゆく便利屋やおなじみの人物たちの日常には、切なくなつかしい親しみが感じられる。「星良一の優雅な日常」では、まほろの裏世界を泳ぐ若きヤクザ者のスマートで意外にかわいらしさもある姿と、狂気を孕んだ暴力を振るう姿の両方が描かれ、どちらが彼の日常なのだろう?と震撼とさせられる。両者の境目を超えて一気に駆け移る瞬間、そして戻ってくる瞬間の筆致の巧みと洗練。曾根田のばあちゃんの若かりし日のロマンスは、奇抜ではないけれどアイデアが効いていて洒脱だ。全体に巧みで洗練され、細かなところまでコントロールされていて、感服した。

ちょっと前まで週刊文春でも連載していたようだが、あれは本編の続編だったのだろうか? 単行本化…じゃなくて文庫化が楽しみ(くぅ、読めるの何年後だ)。そして三浦さんには、星くんが絶体絶命のピンチに陥る話をぜひ書いてほしい!(←結局よこしまな感想。)