2012 ロンドンオリンピック: 8月4日 【競泳メドレーリレー】

男女ともにメダル〜! 女子は12年ぶりの銅、男子は初の銀! おめでとうありがとう〜! どちらもホントに攻めてるし粘るしで鳥肌もんのレースでした。スタート台のとこでアンカーを待ってる3人組の熱の入った応援と、メダル確定の瞬間、わっと大声を上げ、はじける笑顔で固く抱き合う姿。胸あたたまるものでした。

しかしちょっとびっくりしたのは、レースの3時間後くらいかな、Qちゃんが待つ現地のスタジオにリレーメンバー8人全員がやってきて、東京の中居くんからも質問を受けてるときの、北島康介選手。もちろん「うれしい」という言葉は口にするし、その気持ちに偽りはなかろうが、なんとなく歯切れが悪い。

レース直後のインタビューで、バタフライの松田選手かな、「康介さんには言わなかったんですけど、(残り3人で)康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかないぞ、って話をしてました」と言うシーンがあった。Twitterでも大量にReTweetされてたように、多くの人の胸を打ち、もちろん、北島自身もその瞬間、後輩たちの気持ちがすごくうれしかったはずだけど、なんていうのかな、そこをきっかけに、別の示唆が加えられたような気がするのだ。

きっと、世間が求めているのは「個人種目で3連覇をかけて臨んだ今大会で2種目ともメダルを逃した日本水泳界の王者、その最後の花道を後輩たちが作って有終の美を飾った」とでもいうような、「わかりやすい感動物語」で、この深イイ話は、そこにドンピシャとハマった感がある。

確かに、競泳陣でメダルを期待されていたのは北島以外にもたくさんいたとはいえ、北島は長いこと「別格」扱いで、その人気もさることながら、同時にプレッシャーやバッシングも段違いだったと思う。その彼にこそメダルを、という気持ちは、私のような一般人にも、チームメイトや関係者にもあった。また、年齢的に、(少なくともメダル候補になるようなトップ選手としての参加は)今回が最後の五輪となることを誰もが「なんとなく」感じている。

けれど、それらを、あまりにも簡単に「外野が」了解事項として扱うのに、北島は違和感があったんじゃないのかな、と思うのだ。
彼は、個人種目が終わった直後に「この4年間は、3連覇より、自分に対する挑戦だった」と明言している。支援してくれた人々に感謝しながらも、「悔いはない」と言っている。そのインタビューを見て、かつての世界陸上メダリスト・為末大は、

「後悔は結果ではなく、過程に依存する。
結果はコントロールできないけれど、今日どう生きるかは毎日自分の力で選ぶことができる。悔しい思いはあるだろうけど、北島君が吹っ切れたような顔をできるのは彼が全力で競技に取り組んできたからじゃないだろうか。」

というコラムを書いた。テレビで見ている私たちには決してわからない努力、苦しみ、葛藤、そして充足が選手にはある。私たちはもちろん目に見える形である「オリンピックの試合」「インタビュー」などをもとに、あれこれ感想を述べるし、北島ほどの選手になると、世間のそういう反応にもちろん慣れているんだろうが、それでもなお、今回は、

「俺って、後輩たちの担ぐ神輿に乗せられた王さまなの? 悔いはないって言ったけど、俺やめるなんてまだ一言も言ってないし、かといって若いわけじゃないから、無邪気に「わーい終わった、日本に帰ってうまいもん食うぞ〜!」なんて、はしゃげないよ?」

て感じだったんじゃないかな・・・・・っていう、これもまた、「外野」のひとりである私の勝手な想像なんだけれども。なんかね、あまりに予定調和な問答を期待されていることに辟易としているように、見えたのだ(しかしスポーツニュースサイトでは、その北島は「すっきりした表情で答えていた」とあったので、こういうのって主観だろうけどさ。でも、周りの選手と比べて、明らかにテンションが違ったと思うぞ)

彼の選手としての年月はあまりに長く、背負ってきたものはあまりに大きい。そういう「目に見えない部分」に対して、敬意を払いたいな、と私は思う。

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