『シドニー!』

シドニー! (コアラ純情篇) (文春文庫)シドニー! (ワラビー熱血篇) (文春文庫)
私はスポーツ観戦、特に陸上競技を見るのが大好きで、見たこと感じたことを記録に残すのも好きなので、世界選手権の時期は、10日間ほどにわたって毎日観戦記を書いている。まだ子どもをもつ前だった2009年のベルリン大会などは、原稿用紙に換算すると、毎日10枚分くらい書いていた(たいてい、傍らにビールとか焼酎とかを置いて、ちびちび(ほんとに?笑)やりながら書いていた)。我ながら物好きだなと思ったものだ。

村上さんは、オリンピックの前後、シドニーに滞在した約20日の間、毎日30枚分の原稿を書いていたそうです。二竜か三流くらいのホテルにひとりで滞在して、もちろん毎日オリンピックをあちこち観戦し、ついでに博物館や動物園なんかも見て回りながら、毎日30枚。ま、それが仕事といえばそうなんだけど、ていうかそもそも自分なんかと世界のムラカミを比べるな、って話なんだけど、実際、すごいよね。

街のシドニー市民の様子、五輪関連にせよそうでないにせよ、印象的だった新聞記事の抜粋。もちろん、観戦した試合のことや、開会式、選手のプレス対応の様子。オーストリア大陸の歴史や生態系、政治問題、人種差別問題。朝に夜に食べたものとその値段。毎朝のジョギング記録。誰かにあてた手紙。そして、そのさまざまに対する考察。

とりとめもなく雑記のように書きとめているかのようでいて、そこは、村上春樹による筆。ものすごい臨場感である。最初から最後までを読むと、本当に、オリンピックを丸ごと(しかも開催都市で)見たような気分になって、本を閉じたあとは、どっと脱力する。私なんかこの本が好きでこれまでに何度も何度も読んでいるのに、いつも、そうなんである。

まあ想像はつくと思うけど、村上春樹はオリンピックの支持者ではない。好きなマラソンや10000mの試合以外は、ほとんど見たこともなかったらしいし、かつて、アメリカの小説の中で『まるでオリンピック・ゲームと同じくらい退屈だった』という文章にいきあたったときには、深く首肯したという。20日間の滞在を終えてシドニーを去るにあたっても、彼は、やはりオリンピックは退屈だった、という言葉を残す。けれどそこには、「密度の高い退屈さの究極の祭典」という表現が加わる。そこに至るまでの、彼の20日間のつぶさな記録。読みごたえあります。

オリンピック大好きな人、あるいは、スポーツなんて全然興味ないよ、って人が読んでもだいじょうぶ。そこは、村上春樹による筆(2回目)。彼がいくつか、深い感銘を受けたシーンについての文章ではこちらの胸も熱くなるし、現代のオリンピックというものに対する鋭い考察は刺激的だし、「村上朝日堂ジャーナル」的な、つらつらと読める旅行記としての楽しさもあります。そして、彼の心情が、オリンピックの、トップアスリートの誰に、どこに寄りそうか、ということを、ぜひたくさんの人に読んでほしい(と私なんぞが言わんでも、村上さんの本だから多くの人がとっくに読んでいるであろうが)。

シドニー五輪といえば、女子マラソンですよね。今でも、ガッツポーズでゴールテープを切るQちゃんの映像はテレビでよく流れる。けれど、シドニーの競技場でそれを見届けた村上春樹の心にいつまでも残っているのは、もう少し前のシーンだという。10万人が待っている大きな大きな競技場に、ひとりポツンと、華奢な高橋が姿を現した瞬間。わかる。そのとき、一瞬、いっせいにすべての音が消えるような感覚があっただろうと思える。こういうことを、読者がリアルに共有した気分になるような書き方ができるのが、プロだよな。

それに、冒頭の有森裕子の42.195km。これほどまでに、トップアスリートの「そのとき」の心情にシンクロさせられる文章はそうそうない。息をすることを忘れるような、戦慄すべき文章。うん、そうだよ。有森はシドニー五輪を走ってないよ。でも、この本の冒頭と最後を飾るのは彼女。それが村上春樹なのだ。

これまでに書いた、この本にかかわる記事を列挙しておく。