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『一日江戸人』 杉浦日向子

一日江戸人 (新潮文庫)

一日江戸人 (新潮文庫)

杉浦さんによる大江戸案内書。おもしろすぎる。こんなに専門的で奥深い知識を惜しげもなく開陳して、しかも絵もたっぷりだからものすごく手が込んでいるのに、たった438円の文庫本にしちゃっていいんでしょうか。第一級の学者が小難しい論文で書いてもおかしくないような内容を、かくも読みやすい文章と魅力的な絵であらわして、江戸の世界をぐっと親しみ深く見せてくれる杉浦さんであります。

衣食住にかかわる庶民の風俗や、動物、おまじない、旅行などよろずの事柄、果ては江戸城大奥に至るまで、まるでつぶさに見てきたかのような筆致は、杉浦さんって江戸にタイムスリップしたことがあるんじゃないの? いや、実は、杉浦さんは今でもパラレルワールドとして存在する江戸の住人で、わずか47年間だけ、現代日本にタイムスリップしてきていたのか? と思えるほどです。

江戸っ子は都市の遊牧民であり、フリー・アルバイターの元祖で、今日食えりゃそれでいいさ、明日のことは明日何とかするさ、というのんき者たちだった…というのが彼女の通念で、これは『百日紅』にも生かされているのだが、こういうからりとした歴史認識ってのは新鮮でいい。

春画考」としてわざわざ2章をもうけられている春画についても杉浦さんらしい感覚は同様。春画は別名「笑い絵」ともいわれていて、これは、“どんなシカメッツラをした人でも、かの厳粛なる行為を描いたこの一枚をヒラリ出されたら、破顔一笑ということ”なのだ、と杉浦さんは書く。

なにせ和合(交接)は繁栄の証、五穀豊穣の祈りという、農業国日本の伝統があります。和合は生産的で活力あふれるメデタイもの。陰でなく陽、負でなく正、常に強い力であり続けたわけです。だから「勝ち絵」と称して、戦場へ持っていったり、鎧びつの中に入れたりしたと言います。
性の快楽を背徳視するのは、統一的宗教の存在する国だけのようです。日本は八百万の神サマがいたので、かえって無宗教的な国柄となり、性に関しては、太古から変わらずおおらかさを保つことができたのです。

春画については、その妖しさ、エロティックさを解明するこんな本も面白かったけど、こういうあっけらかんとしておおらかな考察も、私はとても好きです。