『辺境・近境』 村上春樹
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2000/05/30
- メディア: 文庫
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しかしページ数にかかわらず、この章がハイライトだなあという思いに変わりはない。
ノモンハンという地名を聞いて大概の日本人に思い浮かぶのは恐らくあの戦争のことしかない。それも詳細なものではなく、ただぼんやりと「ああ、そういう事変があったような」ぐらいのものだろう。村上春樹がその地で辿るのは、やはり戦争の爪あと、「鉄の墓場」。かといって、その筆致は彼らしく、歴史の現場を目撃する熱狂も、戦争に対する悲憤も露わでない。彼が目にしたもの、ゆきあったものがただ淡々と綴られていくこの旅行記は、やがて思わぬ展開を見せる。考えられないようなその変事を、読み手は少しの疑いもなく受け入れ、むしろ、まるで自分の身に起こったかのように震撼としてしまうことになる。
これを読んでいたから、個人主義の作家として知られる彼が、2009年エルサレム賞授賞式においてガザ空爆をはっきりと批判するようなスピーチをしたときも驚かなかったように思う。あのスピーチで「壁と卵」と比喩された思想は、決して急ごしらえのものなんかじゃない。
北米を車で横断したり、ディープな讃岐うどんを探して四国を行ったりする章にも、それぞれ色合いの違った村上さんらしさが如実に表れている。私は、メキシコ旅行の章が好き。その中でも、“旅の疲弊について”えんえんと述べられるくだり*1が特に好きだ。
*1:実際、このくだりがこの章のクライマックスだと思う。アンチ・クライマックス的クライマックス・・・